屋上の蜃気楼

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(二)

 昼食を買いに近くのコンビニまで行き、公園の木陰にあるベンチに腰掛ける。
 コンビニから出た直後はむっとする空気のあまりの暑さに嫌気がさしたけど、木陰はそんなに暑くない。
 むしろ今日は風もあって涼しいくらいだ。
 コンクリートのバカみたいな暑さに比べれば、緑豊かな公園は天国みたいなものである。
 頭に巻きつけたタオルを取って、パタパタとあおいでみる。
 気温はそれなりに高いらしく、俺の起こした風は思ったより涼しくなかった。
 そういえば天彦が転校してきたのは、こんな暑い夏だったかな。
 一緒に学校のプールで泳いだりしたこと覚えてるし。
 うーん、あのころの記憶って、なんかあいまいだな……。
 俺バカだったしな。
「なーソラ?」
 俺はコンビニの冷麺につゆをかけながら問う。
「何?」
「おまえ、いつ転校してきたっけ?」
「……中2の夏だったかな」
 そうだったか……。
 ん、夏?
「夏になる前にさ、会ってないか?」
「まさかー」
 俺は自分の足元を見ながら、昔のことを思い出す。
 あれは春。
「いや、何かさ、お前がまだ冬服着てさ、屋上で……」
「屋上?」
「そう……屋、上……」
 屋上にいくつも並んでいた貯水タンク。
 銀色に光っていて、表面には一体何年前の生徒が書いたのか分からないような落書きがしてあった。
 でも、そう、落書きのないタンクがあった。
 新しく設置されたばかりのタンクなのかと思って、それなら俺が最初に落書きしてやろうと思ったのだ。
 でも、落書きはしなかった。
 だって、窓みたいなものがあって、ついでにドアとかも付いてたような……。
「屋上がどうかした?」
 なんだかいつもと違う声の感じがして、俺は天彦の方を向いた。そんな俺を見て、天彦はすっと笑った。
 それはいつもの爽やかな笑顔ではない。
 にっこりでも、にやりでもなくて、張り付くような……。
「あ……」
 俺の中で、どこかがつながる。ばらばらになっていた記憶と記憶が合わさったような、引きちぎられたひもを手繰り寄せたような感じ。
「健治?」
 そうだ。あれは、貯水タンクじゃなかったんだ。
「お、お前……」
 後ずさる。天彦は視線を外さない。
 その笑顔が、背中を這うように俺を侵食する。
「そんな、まさか」
 だけどあれは、夢だったはず。 
 天彦は不意に、何かを俺に向けた。
 それは、俺の目の奥でちかっと光った。



「健治? 健治、大丈夫?」
 天彦に揺さぶられて、俺は目を覚ました。
「いきなり寝ちゃうんだもん。疲れてるんじゃない? ほら、最近は異常に暑いし、ここのところ休みも少なかったからさ」
 食べかけの昼食が、ベンチの上に置いてあった。
 どうやら食事中に睡魔に襲われたようだ。
 っていうか、あまりよく覚えていないから、無意識に気絶するみたいに寝たんだろう。やっぱり今年の暑さは尋常じゃない。
「熱中症っぽい?」
「いや、全然。疲れがたまってんのかな」
「それならいいけど、ちゃんと休めよ? じゃあ先に仕事に戻るから。向こうから回るから、健治は逆をお願いね」
「りょーかい」
 今年の夏は、猛暑だって言っていた。



「あーあ、これで三回目」
 天彦は健治と分かれて、一つのアパートの屋上に向かう。
 木の葉が風にそよぐ音、子どもがはしゃいでいる声、うるさいバイクが通り過ぎる音。そんなものが天彦の耳に届く。
 健治の記憶を操作したのは、これで三回目のことだ。
 そう、健治の記憶は間違っていない。
 天彦と健治が初めて会ったのは、中学二年の春。
 屋上で寝転がっていた健治は、気がついたのだ。並んでいる貯水タンクのうちの一つが、実はそうではない、ということに。
 階段を上って屋上に出ると、そこには果たして銀色に輝く貯水タンク──窓とドアのついた物体があった。
 天彦はつるっとした銀色の部分を撫でる。
 すると銀色のドアは不意に消えて、内部に入れるようになり、天彦が入ると同時に再び銀のタンクに擬態した。
 外から見るより随分と広いように感じる。
 天彦は壁一面に設置された機器の一つに何かを入力する。するとスピーカーから声が聞こえた。
 それは日本語ではなかったが、天彦はよどみなく答える。
「地球人の記憶力は、意外にしぶといですね……他の連中も同じような結果でしょう? やっぱり完全に洗脳するのは難しいようです。占領政策も、見直しが必要でしょう」
 やはり聞いたこともない言葉で返答がある。
「はい。はい。では、再び調査に戻ります。分かってますって、失礼します」
 通信は途切れる。
 天彦は何事もなかったように仕事に戻っていった。
 銀色の物体は再び単なる貯水タンクになり、人々はそれに気づかない。
 気がついても、所詮は無駄なことなのだが。
「みんなが地球に着くまで、あと11デルトか」
 天彦がつぶやいた。
 そのときが来れば、この窮屈な生活から開放される。
 まるでそういっているかのような、つぶやきだった。

 ────それがいつのことなのか、我々に知るすべはない。
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