Secret 年代記

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双珠の章


T-2

 先に広場に着いていた雪架が、周辺を見回っている。障害物は俺達にとって特に問題にもならないが、逆に誤って破壊しないとも限らない。
 広場といっても、内郭の庭園の中にある開けた場所だというだけだ。さすがに城の内部で剣を振り回せば、歴史ある崔繍城に取り返しのつかない損害を及ぼしそうなので、外でやることにしている。実際城内で真剣を振り回すなんてご法度なので、庭ならいいだろうと無理矢理許可を自分で出してこの場所でやることになったのだ。
「俺が言うのもなんだが、よく予定が空いたな」
「響様が日頃から本気で仕事をしてくだされば、このくらいの暇はできます」
「褒められてる気がしないんだが」
「そうですか?」
 飄々と言って、剣を抜く。細身の剣は雪架の手によく似合う。内郭での王以外の帯剣もあまり許されることではないが、これも雪架は例外的にいいことになっている。
 俺も持ってきた剣を抜いた。雪架のそれとは違い、ずっしりと重量感のある剣だ。重さも数倍あるだろう。
 刻の剣というものも親から受け継いでいるが、俺はそれほど能力の強いほうではないし、この剣が手になじんでいるので、わざわざ召喚することはほとんどない。
 特に指示を出すことともなく、俺と雪架は距離を取る。
「今のところ俺が195勝だったな」
「正確には、144分けがありますが、そうですね」
 雪架は俺に勝った事は一度もない。俺と雪架の実力は幼い頃から拮抗しているのに、雪架は最後の一手が絶対に出ない。それは俺への無意識の、あるいは意識的な忠誠心なのかもしれない。だからこうして勝ち数を数えるのは、単なる習慣だ。
 そして引き分けは、中断させられた回数だ。
 実力が拮抗するということは、それだけ試合は長引くということであり、短時間で勝負が決まることは稀である。真剣勝負をするとなるとまた違った結果になるのだろうが、もちろんただの試合なので修練の性質が強く、自然と長く打ち合いをすることになるのだ。
 結果、試合途中で急ぎの仕事や忘れていた予定、予定に無かった謁見など、しょっちゅう試合が流れることがある。崔繍王は自分で言うのもなんだがかなり多忙で、まとまった暇を作るには俺の仕事量と雪架の手腕が必要なのだ。
 まるきり無造作に構えた雪架と対峙して、俺は気持ちのいい緊張感に身を任せる。
 いつも先に仕掛けるのは俺だ。特に開始の合図もなく、俺は動いた。
 横薙ぎに切り込むが、即座に反応した雪架の剣とぶつかり合って澄んだ音をこだまさせるだけで終わる。
 流れるような、最小限の動きで最大の効果を発揮する雪架の剣。俺の流派とは全く異なるが、下手な腕で挑めば、おそらくなぜ負けたのか理解できずに終わるに違いない。それほど自然な動きで相手を負かすことができるのだ。
 対する俺の剣は、剣の形状からも予測できる通り、多少力押しという側面もある。力だけで雪架に対抗するのは不可能なので、一応ちゃんとした実力もあるのだろう。
 まともに俺の剣を受けても続けて剣を振るってくる雪架は、見た目が細い腕の割にかなりの腕力だ。
 昼下がりの庭園には不似合いな凄まじい剣戟は、もうこの城の中ではよくあることなので、こうなると用のない者は誰も近寄らない。
 真剣を使うため、見ていると心臓に悪いともっぱらの評判だ。当然のことながら、俺も雪架も本当に相手を斬る様な馬鹿はやらない。試合ではあっても、一種の型の試し合いのような側面も強いのである。それに安全策として、真剣を持つ場合はお互いに利き腕とは逆の左手を使っている。
 そして────
「参りました」
 雪架の言葉で、長い試合が終わる。
「196勝だな」
 そう言いながら、流れる汗をぬぐう。
「響様、お疲れのところ申し訳ないのですが」
「分かってるよ……」
 このまま終わるとは思っていない。それがもう一試合というのなら、望むところなのだが、そうはいかない。
 もう一仕事、どころかまだ色々あるんだろうと分かっている。それが自分で少し空しい。
「休ませてくれ、雪架」
「終わってからにしてください」
 こう言われると分かっていても、やはり嘆息してしまった。


 仕事も終わった夜更け、このままだと引きこもりそうだと思った俺は、思い立って城下町へおりることにする。
 さすがに大仰に剣をさげていくわけにもいかないので、護身用にごく普通の剣を携えた。治安のいい王都とはいえ、王都までの道のりはそれほど安全とはいえないご時世だ。きちんとした手続きさえ取れば、ある程度の武器の携帯は常識的にまかり通る。
 安宿兼酒場の立ち並ぶ、庶民の集うにぎやかな一画。俺は時々訪れる常連だ。
 傭兵業をしていることになっているが、店主を始め、俺の本当の身分に気付いている人間もいるだろう。それをあえて指摘することがない気のいい、ある意味肝の据わったこの店が、俺は気に入っていた。
「久しぶりだな、儲かってるのか?」
 常連客の一人が言う。
「あぁ、儲かって仕方ないな。少しは休ませろってんだ」
 店主の出した酒をあおると、肩をすくめながら笑う。
「仕事のあるうちが花さ。せいぜい若いうちに苦労しとくんだな」
 俺が常連として訪れる場所は王都を始め王都周辺に点在するが、どこへ行っても大方扱いは同じだ。この気安さには呆れるが、ありがたくもある。
「あんたらも、こんなところばっかり入り浸ってると、女房に逃げられるぜ?」
「生意気な口きくじゃねぇか、この!」
 口ではそういいながらも、顔は笑っていた。こういう連中の生活がかかっていると思うと、王という仕事も捨てたものではないかもしれないと思いながら、二杯目に手を伸ばした、その時だった。
「物騒なものを持ってるな」
 俺の声音ががらりと変わる。緊迫した空気を感じてか、一瞬で店内はしんと静まり返った。
 俺の視線の先には、壮年の男がいる。長いマントに隠れているが、手には何本ものナイフが構えられていた。当然のことながら、見ない顔だ。
「全く……いい迷惑だ。久しぶりに人がいい気分で飲もうと思ってたところを……」
 目当てが俺だとすぐに分かった。ならば、この店に迷惑をかけるわけにはいけない。
 見たところ、今すぐ火をつけるだの民間人を手にかけるだのという過激な手段に訴える様子はない。
「出ようか」
 俺が促せば、素直についてくる。
「お、おい……」
 俺を引きとめようと幾人かが言うが、軽く笑って手を振った。
 ここで王である俺の身の危険を案じる奴も当然いる。何でもないことにしておこう。
「俺の知り合いだ、邪魔したな」
 カウンターに硬貨を置いて、俺は外に出る。右手は剣に添えておく。

 店を出て、すぐに俺は言う。
「何のつもりだ? 悪いが簡単に捕まるほど、俺は安くないが?」
 すると細い路地から、大男が何かを担いで現れる。
 思わず、息を呑んだ。
 ────雪架だ。
「来ていただけますね?」
「それはお願いじゃなく脅迫だな」
「どう取っていただいても構いませんよ」
「貴様如きに捕らえられるような男じゃないはずなんだが、これは偽者じゃないか?」
「残念ながら本物ですよ。奥様とお子様を人質にとってみせたら、少しばかり動揺してくださいましたので」
「貴様……」
 雪架は意識がない。この場合、意識があったら舌を噛み切って死ぬくらいはしそうな男なので、かえってよかったと考えるべきかも知れない。
「抵抗せずにいてくださるなら、この方は解放しましょう」
「抵抗したら?」
「この方も、この方のご家族も、ただで済むことはないでしょうね」
 大男の背後に、まだ数十人が控えている。こういう仕事をしている連中だと空気で分かる。
 反面、俺はたいした武装もしていない。
 ここで逆らったとして、逃げられる確率は五分もない。
 まして、雪架に何かされて動揺しないとも限らない。
「分かった」
「賢明なご判断、感謝します」
「そのかわり、約束はきっちり守れよ」
「えぇ」
「約束を違えてみろ? 天罰くらいは下るぜ?」
 俺がいっそ傲慢なくらいの笑みをたたえて言うと、顔をしかめる。
「嘘だと思うか? 自分自身で確かめたくなったらやってみるといい。ただし、天罰が下ったからって、俺に文句は言うんじゃないぜ?」
 怪訝そうに眉を顰め、それでも淡々と俺の拘束を命じる。
 俺は囚われた。


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