Secret 年代記

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湧岐の章


T-6

 ひたすらに、求めている。


「武器は、この間のあれと、これで全てだ」
 錬棋を囲んで、大人達は難しい顔をしている。
 そう、思ったよりも武器が少ないのだ。
「武器さえあれば、傭兵上がりの連中や訓練をある程度やった奴らだから……」
 言いかけた言葉を、途中で錬棋は遮った。
「でも、足りない。これじゃ行動するだけ無駄だよ。元々たったの700人程度でやろうとしてるんだ、無謀に輪をかけたって仕方ない」
 事実をはっきりと指摘した若き教祖に、大人達は頷く。
「だが錬棋、集めようにもつてがない。大々的にやれば、感づかれる」
「分かってる」
 この反乱軍の大将である錬棋、周囲の大人よりはるかに若い。それでも大将となったのは、彼に学があったからだ。作戦を主導で考えるのも、最終的な決定権も、彼が持っている。独学で字を読める程度の民衆とはわけが違う。あらゆる学問を修めていた。
 誰一人異を唱えないのは、錬棋のことを認めているから。そういう意味で彼は、紛れもなく教祖の役割を果たしている。
「だからね、賭けに出ようと思うんだ」
「賭け?」
「もちろん、俺達全員で賭けに出て負けでもしたら、馬鹿みたいでしょ? だから、俺1人で賭けてみる」
「おい待てよ。お前だけに危険な役目を負わせるわけには……」
 大人達の苦言が始まる前に、錬棋は言い募った。
「どうせ俺は、力だけならみんなの中で一番弱い。戦力としては一番打撃が少ないよ。それに、代表者である俺が出て行けば、こっちの本気が示せるからね。それでもし協力が得られないようなら、すぐに手を切ったほうがいい。その時にこっちの痕跡は残せない。だから、1人の方が好都合でもある」
「ちょっと待て、具体的に何をするつもりだ?」
「あ……」
 内容の話をしていなかったことに気付いて、錬棋は照れたように笑った。
「ごめん、勝手に盛り上がって。あのね……あの人に、調達して欲しいって頼もうと思うんだ」
 錬棋の言う“あの人”が誰のことか分かって、さっと表情を厳しくする。
「……正気か?」
「崔繍城に軍隊はない。警備隊はいるけどね。それでも、城には相応の武器がある。装飾品としての武器は当たり前にあるし、警備隊にだって訓練がないわけじゃないから、本物も置いているはずだ。これだけ歴史のある大国だよ? ないほうがおかしい」
「そうかも、しれんがな……だが、さすがに……」
「だから言ったでしょ? 賭けなんだよ、これは。俺が勝てば俺達は動けるようになる。負ければ、もう少し耐えないといけなくなる」
 的確な言葉に、一同は黙る。
「そして俺達はできるだけ早く動きたい。でしょ?」
 大人達は黙り込む。動きたいのは事実。でも、この少年を危険に晒したくもない。
「錬棋、だったら俺達の誰かが名代として行けばいいだろう?」
「駄目。自分で行かないと気がすまない」
 こうなると、錬棋が考えを覆さないことは皆分かる。頑固者なのだ。
「勝ちたいんでしょう? だったら、行かせて」
 言外に、大人達の誰が行ってもだめなのだと言う。大人達は交渉に向かないのだ。自分でなくては駆け引きにもならない可能性を、錬棋は懸念していた。
 要するに、大人達はどこか冷静さを欠いているのだ。頭に血が上っている。
「あの人は俺達を利用するつもりだ。だから、こっちだってせいぜい利用させてもらおうよ。混乱は政権争いにとって望むところなんだから、あの人に俺達を協力者として信じてもらえれば、補給だって頼れるかもしれない。子どもだって舐められるなら、それだって利用するだけだよ」
 あの人に協力する気など、本当はない。王も役人も、全て一掃したいというのが本音。それをいかに本気で協力していると見せられるか否か、それが錬棋の仕事なのだ。
「賭けさせて。俺に、ちょっと賭けてみて」
 偽者の支配は、もうたくさんだ。
 挙句裏切られて、他国に売られることにでもなれば、一体何のために民はいる?
「じゃあ、そういうことで、今日はおしまいね」
 微笑んで、錬棋は部屋を出た。


 俺には、自分が祭り上げられただけの子どもだという自覚がある。
 彼らが欲しいのは自分の頭脳、そして、血統なのだろう。
 崔繍王家の血を引く男は、1人たりとも存在しない。それは史実であり、事実だ。当たり前の王家と異なり、崔繍王家は代々第1皇子しか生まれていない。王女さえいない。
 だから当然降嫁した姫など存在しない。王家と血の近しい者がいるとすれば、王に嫁いだ家のものだけだが、それとてその家に王家の血は一滴も流れていない。
 崔繍において重んじられるのは、常に直系のみだ。それが悪いことだとは思わない。下手に系図が入り組めば、内紛の火種は尽きることなくくすぶることになる。
 そう……だから、己の家が取り潰されたこと自体にこだわってはいない。憎しみがあるとすれば、それなりに仲は良かった家族がもういないということに対する、己への憎しみくらい。1人だけ生き延びたことへの、後悔くらい……。
「錬棋様!」
 部屋を出た俺を追って、呼ぶ。
「様、はよして?」
「……若君……」
「もう俺は若君じゃないよ。教祖、でしょ? だから、錬棋」
 心配そうに俺を見下ろしたのは、深いしわを顔に刻む初老の、ただ1人俺の近くに残った男。あの家から持ち出すことの叶った、たった1人の大切な男。幼い頃からなにくれと世話を焼いてくれたじいや────。
「言ったはずだよね、俺は家を再興する気はないんだ。だから、俺が犠牲になっても、こっちの勢力は痛まないでしょ。もしものときは、俺の代わりにお前がみんなに道を示してくれればいいよ。いつまでも俺のことを気にしてくれなくても、いいんだよ」
「いいえ、錬棋様。私では、誰かを動かすことなどできません」
 かつて王家に娘を嫁がせたことのあるくらい、名門だった俺の家。
 己の愚で失脚したのならいい。だが、官の策略にはまって失脚せざるを得なかったのだ。父は、精錬潔白とはいかなかったかもしれないが、少なくとも今もあの城に巣食う者よりましだった。いや……いいのだ、失脚したこと自体は、俺には関係のないことだ。
「錬棋様、あまりに危険な賭けでは」
「分かってる。俺も、死にに行くつもりじゃないよ。言うほど簡単じゃないこともちゃんと分かってるから」
 この反乱を成功させて、王家を消して、それで自分はどうしたいのだろう。
 指導者に? それとも、筆頭貴族の一員に?
 そんなもの、今更あったってどうするというのだ。俺は家を取り戻そうとしているんじゃない。血族はもはや俺しか残っていないのに、そんなものに意味はない。
 一番大切な部分を、俺は考えないようにしている。
 みんなは、俺を旗印にして勝てば、当然俺が新しい指導者として立つものと思っているのかもしれない。あるいは俺を中心に、自分も権力を握ってみたいと思っているのかもしれない。自分ならばもっと上手くやって見せる、と。
 それは革命と言えるのだろうか。さらなる混乱を招く結果になることだってある。
 俺は、王になりたいわけじゃない。その器がないことは、こうして小さな集団を率いているだけで分かる。
「勝たないといけないんだよ……ね?」
 そんな弱気を顔に出してはいけない。俺は、形だけでも教祖で、指導者なのだから。
 人殺しの咎を革命の血に変えて、堂々と立ってみせる。皆が迷わないように。
 だからその後は、全ての罪をかぶって、死んでしまってもいい。
 新しい国に、古い国の亡霊になりうる血を持った俺はむしろ、邪魔かもしれない。
 望みは、そう……王が現れてくれさえすればいいから。
 その先のことなど、俺には分からない。

 求めているのは王。
 真実の、王、ただそれだけ。


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