T 王国の始まり
飛鳥大陸最高にして最大の王国、崔繍。
この国の建国は今よりはるか昔、まだ世界が神話に近かった時代のことである。
今や失われた崔繍建国の記録。
それは、語られることのない哀しい物語────
『崔繍国建国記』
これより記すのは、私たちがこの国を建国する以前からの日記である。
如月三日
今日、ついに私たちの町にも戦火が及んだ。
王は私たちが死ぬことなどなんとも思っていない。
ただ、町を焼き、人を殺すのが好きなだけだ。
これ以上の被害が出ないうちに、どうにかこの戦争を終わらせられないだろうか。
如月十日
もう戦争は歯止めがきかなくなってきた。
この町からも犠牲者が出ている。
もう、この町には男手はほとんど残っていない。
何かあったときには、私たちが守らなければいけない。
でも、私は強くない。母も、仲間も、守れるだろうか……?
如月十四日
なぜ王は町を助けない。
どうして見捨てるんだ。
誰も戦いたくはないのに。
如月十七日
頭のいい凰のことだから、何か考えがあってのことだろうか……。
無事に帰ってきてほしい。
如月二十日
凰が戻ってきた。本当に、良かった。
捕らえられている間、抵抗の意思はないことを告げ、もうこの町を焼かないでほしいと、敵国の将に交渉していたらしい。
同い年なのに、私とは全然違う。やっぱり頼りになるな……。
如月二十四日
雪の深い季節もそろそろ終わる。
戦いはまだ続いているけれど、凰が交渉に行って以来、敵軍はずいぶん友好的になったような気がする。
このまま、少しでも長く平穏な日々が続いてほしい。
そして、この日記に淡々と記してある1つの記述。それはこの国の誕生する契機とも言うべき出来事であった。
その日は後に、鳳凰の日と呼ばれることになる。
「こ、国王軍だ! 国王軍が来るぞーっ!」
「早く逃げるんだ!」
「こっちは火が回ってるわ。向こうに──」
「──誰か! 誰か……!」
「火を放て! この町は国家反逆罪で焼けとの王命だ。全て焼き払え!!」
「みんな無事か?」
「あぁ凰、無事で良かった……
「
「何だって? ──くそっ、みんなは早く町の外に出ろ! 2人は俺が探す!」
「ちょっと待て、凰!! 凰ーっ!!」
「隴、泪、どこだー!」
「凰、ここにいる!」
「隴か、良かった……」
「そんなこと言ってる場合じゃないんだ! 泪さんが!!」
「あんたたちなんかより、敵軍のほうがよっぽど信用できるわ。自国の国民を殺すなんて、正気の沙汰じゃないもの」
「何だと、この女っ」
「泪、やめろ!」
「こ、凰……何でここに──」
「バカ、俺がお前をおいて行くわけないだろ?!」
「……何だ? こいつはお前の女か?」
「何を……する気だ……?」
「さあねぇ」
「泪を放せよ、放せ────!!」
「──────こ、う……?」
「る、い……」
「ごめん、助けに来て、くれたの、に……」
「るい……るい、バカ、目を開けろ! るい、るいっ……────!」
「凰、おちつけ!」
「そんなのっ……無理だって分かってるんだろ?!」
「っ……」
「……なぁ隴……お前はいつか、俺がどうしようもない人間になったって、人殺しだって、友達でいてくれるって、言ったよな……」
「凰? 何言って────!」
「応えよ、刻を支配せし神。我は刻の力を持つ者。我、この世界の刻を支配せんと欲す。わが力を以って汝の糧とし、我に加護を与えよ。姿を現せ刻の支配者! 我は汝と契約せん────」
如月二十八日
私たちの町に起こった国王軍による侵略は、凰の不思議な力で終わっていた。
私が気づいたときには、もう全てが終わっていた。
目が覚めた時、国王軍はおろか敵軍の姿さえもなかった。
王都にいた国王は死に、悪名高い官僚たちも息はなかったという。
国は混乱していたけれど、なぜか平穏にも見えた。
凰は、私に言った。
人殺しの自分と、もしも一緒にいてくれるのならば、共に平和な国をつくろうと。
平和にあふれた、そんな国をつくろう、と。
その日が鳳凰の日と呼ばれる理由。
それは、大切な人を喪い立ち尽くす少年の姿が、伝説上の高貴な鳳凰のようだ、と誰かが称したからだというが、定かではない。
鳳凰は神の使いである聖人が降り立つとき、飛ぶといわれている。
人々は少年を、神の御使いであると信じたのかもしれない。
少年はたった1年で国を強固なものにし、恒久の平和を願って、やがてこの世を去る。
彼の名は、晟 凰。
初代国王である彼の名も、今はもう刻が忘れさせようとしている。
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