【8】
「すみません、急用が出来ました。代わりと言っては何ですが、飛炎を置いて行きますね」
この場で一番若い紅龍皇は、申し訳なさそうに言った」
「何かあったのですか?」
「少々……ところで
「あぁ、お急ぎでしたら誰かに送らせましょう」
「すみません」
2人が出て行ってしまうと、飛炎とオレは黒龍皇に手招きされた。
「お主、次男の方であろう?」
「はい」
オレは近くの若い方に呼ばれる。オレ達とそんなに年は変わらないようだ。
「惺緋の息子にしては、随分男前だな」
「はぁ……」
いつもとは違う意味で返答に困っている彼を、オレは内心楽しんでいた。
「ふふ、黒龍皇様は話好きな方でね」
オレを呼んだ人が、魅力的な笑顔で言った。
「はじめまして、僕は白龍の
自己紹介されて、オレは一瞬驚いた顔をしてしまった。だってその名前は、白龍の皇位継承者の、第1“皇女”のものであったからだ。集まっているのが男ばかりだと何となく思っていたから、勘違いをしてしまった。
「わ、私は紅龍護衛軍所属の苑と申します」
「あ、やっぱりあなたも軍人なのですね」
一方の彼女は驚かれるのは慣れているようで、平然としている。
白龍は龍族の中で唯一女性にも皇位継承権がある一族だ。他の一族で女性の皇位継承が認められないのは、女性は龍化が出来ないためである。龍化できなければ龍族の至宝である龍玉が使えないので、皇位の継承は難しくなるのだ。ところが白龍は女性でも龍化できる者がしばしばいる。龍化できるならば何の問題もないということで、白龍では女性の皇位継承があるのだ。
彼女を見ると、特別男装というわけでもない。いや、もちろんドレスを着ているわけではないのだが。確かにその笑顔は女性のそれだった。
「ところで、飛炎様怒っていらっしゃいます?」
「あ、いえ、違うんです。彼いつもああなので。それに、片目なので見づらいのだと思います」
「あぁ、そっか」
惺緋様が言ったように、重要な話し合いはもう終わっているのだろう。庭に面した明るい室内では、それぞれが談笑している。
「ところで飛炎といったか? お主、結婚はまだか?」
黒龍皇はにやりと笑ってグラスを空けた。
「いえ、まだ私は何も……」
「そのことなら、僕とって話もあったんですよ」
抄礼皇女は唐突に言った。
「まぁ、飛炎様はご存知なかったと思いますけどね。紅龍皇様が、飛炎様に僕ではもったいないと言われてね。とても相手にしてはいられないから、やめたほうがいいって」
「ははは、惺緋の言いそうなことだな! 飛炎、お主随分可愛がられておるのう。なに、確かに抄礼嬢ではお主のような無口な男は会わぬかもしれん」
「そうですかねぇ……まぁ確かに僕は、にぎやかなのが好きですけど」
彼女は笑いながら言う。そこへ横から精霊皇のどなたかが口をはさんだ。
「ねぇ、お2人さん、踊ってみてはどうですか? 案外合うかもしれませんよ」
「私は、そういうことはあまり……」
飛炎はやんわりと拒否したが、それが黒龍皇に聞き入れられるわけもなく。
「そう言うな飛炎よ。なぁに、ものは試しさ」
「お願いしていいですか、飛炎様」
返事を聞く前に、楽士の奏でる静かな音に合わせて彼女は飛炎の方へ向かってきている。ここまで来れば、飛炎も女性の誘いを無下にすることも出来ない。差し出された抄礼皇女の手を取った。
だが、飛炎は……いや、知ってはいたのだが、彼は本当にこういうことに全く興味がない奴なので、やれというのも無理な話で……。
「「…………」」
皇族はきっと、たしなみ程度には踊れるものなのだろう。────普通は。
困った様子で形だけはやってみる飛炎だが、まるで合わない。
「……ふむ。お主、全く向いておらんな」
黒龍皇はあきれたように言った。
「彼は根っからの軍人ですから……」
苦し紛れにオレは、弁解にもならないことを言った。
「おぉ、そうだったの。ならば飛炎、剣舞などはどうだ?」
そう言って、黒龍皇は自分のものなのか、黒い鞘に納まったままの一振りの装飾剣を投げた。
楽士の奏でる曲も、趣を変える。
「……抄礼殿、少しお下がり下さい」
飛炎は受け取った剣を、一見すると無造作に抜いた。
剣が、生きているもののように舞う。
「ほう……」
皇達は会話を中断し、思わず感嘆の声を上げた。そういうオレも実は、飛炎の舞なんか初めて見た。新しい発見をした気持ちだ。
すごい……何というか、舞姫のそれとはまた違う。力強くそれでいて繊細な動き。
剣は宙を舞い、音もなく鞘に戻ってぴたりと止まった。
「美しいな」
声すら出さずにそれに魅入っていた黒龍皇は、満足げに言う。そして再び、先刻までの意地の悪い笑みを浮かべた。
「それをやれば、きっともてような」
「……はぁ……」
剣を返しながら、相変わらず飛炎は困っているようだ。気のない返事をしていると、今度は別の皇に話しかけられている。
今日は、いつもと違う飛炎がたくさん見られた気がする。もうしばらくは楽しめそうだ。
「苑殿、あなたもやりませんか?」
抄礼皇女が無邪気に微笑んでいるから、一瞬何のことを言われているか分からず、剣舞を勧められていると分かった瞬間一生懸命辞退した。
できないって……。
時間にすると1日と少し、けれどもっと長かった気のする滞在を終えて帰る途中、一旦休憩ということで木陰で寝ている飛炎に、オレは聞いてみた。
「なぁ、何で恋人作らないの?」
飛炎は男前なので、これまで縁談がいくつかあったのを、オレは知っていた。
「別に、いらないから」
「どうせ、別に理由があるんだろ?」
「…………」
彼の癖のある髪が、風に揺れる。
「飛炎……?」
「もしも、オレが死んだら、悲しませるかもしれないだろう?」
「はぁ……?」
「オレは軍人だ。いつ今回のようなことがあるとも分からない」
「いや、別にお前が死んだらオレだって悲しむけど?」
「……女性に泣かれるのは、苦手なんだ」
飛炎に関係のある女性といえば、真様か姉君か、医師長か……どうやら誰かを泣かせたことがありそうだ。
「何だ……そんなことか。でも飛炎、お前絶対恋人できるよ」
「……どうしてだ?」
くすっと笑ってオレは寝転がる飛炎を真上から見る。
「オレの勘かな」
「信憑性はないな」
「いいや、絶対にそうだね」
オレは意味もなく確信していた。半ばそれは、希望もこめられていたのかもしれない。
「オレには、お前の幸せな未来が見える!」
「はぁ?」
だって、お前は絶対に幸せにならないといけない。
だからお前を幸せにしてくれる人が現れる。お前が幸せにしてやれる人が現れる。
お前にとって、かけがいのない、何より大切な人が。
そう……惺緋様の言っていた、心を許せるたった1人の
「それに、そのほうがオレも面白いしね」
「……勝手に言っていろ」
「あはは、怒るなよ飛炎」
あれからもう30年くらいの月日が流れただろうか。
今となっては、飛炎がその右目を失った時のことなど過去の思い出になってしまった。
オレ達はあれからも、第一部隊で隊長について腕を磨いていった。
そう、飛炎の上達は、それはもう目を見張るようだった。
傷を負った当初は距離感のなさにかなり悩んでいたようで、オレも駄目かと思ったが、今ではそんなことなどなんでもないように、彼は剣を自分自身の半身のように扱う。
そうこうしているうちに、ついこの間2人そろって第一部隊副隊長に就任した。
変化はきっと数え切れないほどあるのだろうが、オレの中の大きな変化といえば、オレ自身が結婚したことだ。相手はもちろんひなである。
そして、飛炎が恋人を連れてきた。
惺緋様から縁談を持ちかけられるのが嫌で、恋人のふりを頼んだのだと言っていたけれど……。
いつでも笑顔の女性の名前は琳。人間だ。
恋人のふり騒動からしばらく経った今も、飛炎は彼女とよく紅龍の森へ出かけていく。
彼女の、この世のものとは思えないほど美しい歌声が、森に響いている。
そんな時、彼はとても幸せそうにしている。
おそらく、彼自身気がついてはいないのだろうけれど────。
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翆の呟き
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