【7】
飛炎はゆっくりと歩を進める。ついたての向こうに出て一礼した彼の横で、オレは深く礼をして顔を上げた。
居並ぶのは4龍皇と精霊皇。興味深げに飛炎を見つめるのは、おそらくあの低い声の主である黒龍皇だ。
そして、惺緋様はらしくもなく動揺していた。
「飛炎……一体、その目は……」
「……その話は順を追って。お話がございます。お時間をよろしいですか」
顔色ひとつ変えない息子の様子に、惺緋様は立ち上がりながら言う。
「皆さん、すみませんがしばらく席を外します」
小走りに来て、改めて飛炎を見た。
「来なさい、飛炎、苑」
惺緋様は自分にあてがわれている客室まで来ると、机をはさんだ椅子に座った。飛炎に正面の椅子を勧めて、飛炎の座った横にあったもうひとつの椅子をオレに勧めた。
「飛炎、何があったのです……?」
「……父上の古いご友人に、10年ほど前のはやり病の折息子を亡くされた方がいました。覚えていらっしゃいますか?」
「えぇ。近ごろは何の連絡もないですね」
「その者が、村に火を放ちました」
「何だって……? 本当ですか?」
「間違いありません」
「……それで────?」
「父上のことを、息子を見殺しにしたのだ、と言っていました」
「……そうか……。お前も覚えているだろう? あの時は、本当に多くの人が亡くなった……お前の御祖母様も、あの病で亡くなったな。私は龍玉を使わなかったが、確かに龍玉の力をもってすれば病を抑えることはできたのかもしれないね。龍玉をと私に何度も頼みに来たのは、彼だった。だが、私は使わなかった」
「はい」
「あれの力は大きすぎる。代々の龍皇も、天災にだけは決して用いなかった。自然の理を歪めるようなことは、してはならないからだ。自然の力に逆らえば、いつか大きな代償を払わなければならない。あの時私は彼に同じことを言ったが、結果的に彼の息子は亡くなったからね……言い訳にもならない。私は恨まれて当然のことをしたのだよ。でもね、私は後悔はしていないよ。皇は1人の幸せより、多くの者と後の世の人の幸せを選ばなければならないのだから」
「分かります」
惺緋様は苦渋の面持ちだ。
「飛炎、その目は、彼に……?」
「……はい」
「すまない、飛炎」
惺緋様は、眼帯に隠しきれなかった飛炎の右頬の傷にそっと手を伸ばした。
「すまない」
「……ごめんなさい」
「お前が謝ることはないよ」
飛炎は顔を伏せた。
「……私は……それでも私は、全てを守りきれなかった……」
「飛炎────」
泣きそうな声だった。そう思ったのに、彼はやはり表情を動かしてはいなかった。
「お前が全て抱え込む必要などないんだよ。他人にもっと頼っていい」
心を開かない自分の息子に、惺緋様は微笑んだ。
「泣きたいときは泣きなさい。それは弱さではない。弱さがなければ、誰も強くなれはしないのだから」
そう、彼は誰一人……もちろんオレにも、両親にさえ、心を許してはいない。
「お前は強い。だから、心を許せる人を探しなさい。逃げ道を持たないものというのは、とても弱い」
飛炎の強さが危ういことを、惺緋様は知っている。その強さが、あまりにも強いことも。
「私がそうなれればよかったんですけどね。私ではお前の助けにはなれないようだから」
言葉につまる彼を追及することなく、惺緋様は話を変えた。
「国は今、どうなっていますか?」
「術者がいなくなって、ほぼ鎮火された状態です。負傷者の対応ももう終わることかと。あの方は、私が……今、第五部隊の隊舎に安置されているはずです」
「そうですか……。では、私は国に帰りましょう。一大事にいつまでも私が不在というわけにはいきませんからね。飛炎、苑、私のかわりにこのまま残りなさい。どうせ今日か明日で集まりも終わりですから、重要な話し合いなどありません。その様子ではろくな休養も取らずに来たのでしょう。少しのんびりして帰ってくるといい。……まぁ、のんびりばかりもしていられない顔ぶれですが」
「父上、私はこのような場は……」
「いいではないですか。こんなことでもなければ、他国にゆっくり滞在する機会はありませんよ。それに、今お前が国に帰ってもやることといえば療養くらいです。ここで私のかわりに残ってくれるのが、一番助かります」
言って立ち上がった惺緋様に、思わずといった風に飛炎が問いかけた。
「私は、役に立てないのでしょうか……」
すると惺緋様は顔をほころばせて、自分よりも一回りは大きい息子の肩を叩いた。
「お前がいるだけで、私はうれしい。役に立たないことなどありません。それにね、飛炎、お前はきっと自分が思っている以上にたくさんのことを成しているはずですよ。まだ剣を手放すつもりはないのでしょう? それなら、やってみなさい。私はお前に負けて、軍に入ることを許しました。それは今でも変わらない。大丈夫、お前が何もできなくても、誰もお前を責めたりしない」
惺緋様はやはりすごい方だと、オレは痛感した。自分の息子を、分からないなりによく分かっている。
現に、それまで飛炎を取り巻いていた怒りとも悲しみともつかない空気は、薄らいでいった。それはごく親しいものにしか分からないであろう、わずかな変化だ。
「役に立っていないのは、私ですよ。いつも真に言われています」
笑っていた惺緋様は、不意にはっとして問いかける。
「飛炎、お前なぜあの者に怪我を負わされたのです?」
「それは、私の力が至らなかったから──」
「そんなはずはない。私にも勝てないほどの実力しかなかったはずです。いくら命を賭けていたとはいえ、力がそんなにあるはずが……」
「そういえば、龍玉を使ったらこのような力が現れるのかと、私は思いました」
オレが言うと、惺緋様は思案する。
「何か、裏がありそうですね」
「何か……ですか?」
「えぇ。調べてみることにしましょう。さぁ、そろそろ行きましょうか。急いで帰らないと、真に何と言われるか分かりませんからね」
先に立って歩き始めた父の背に、飛炎はそっと礼をした。
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