【6】
そして真様は傍らに置いた箱から医療器具を取り出して、飛炎の右目を手当てする。この方は元々医師を志したらしく、医療にはかなり詳しい。
「ところで、千裡殿か籐磨殿に、惺緋への伝言をお願いしたいのですが」
「では、俺が行きましょう。第五部隊は今色々と忙しいでしょうから」
「そうか? では頼もうか────」
舞姫が言いかけた時、飛炎が言った。
「いえ、私が行きます」
「飛炎、それは──」
真様が止めようと声を上げる。
「父上には、私が自分で直接お伝えしたいのです」
「……分かったわ。それでは……苑、ついていってくれますか?」
「は、はい」
「母上、苑は怪我を────」
「分かっています。でもね、あなたの相手が出来るのは苑くらいでしょう? 正式な集会に、あなたを従者もなしに行かせられませんからね」
「苑は従者などでは……」
「そうね、どちらかといえばあなたが無茶をしないための監視役です。2人とも怪我で疲れているでしょうから、交代で飛んで行きなさい」
「分かりました、母上」
「気をつけて行ってらっしゃいね」
あちこちほころびのある軍服ではまずいということで、正装してオレと飛炎は城の裏手にいた。舞姫が見送りに来ている。
「オレが先に飛ぶよ」
言ってオレは龍化する。舞姫に向かって礼をしてオレに飛び乗ろうとした飛炎は、その時向こうから走りよってくる人影に気づいたようだった。それは、医療鞄を持ったままの真様だった。
「母上」
「飛炎、これをして行きなさい。包帯が露出しているよりは、いくらかましでしょう」
そう言って黒い眼帯を差し出した。
「ありがとうございます」
飛炎はそれを持って飛び乗り、舞姫に向かって言う。
「オレはこんな状態です。副隊長の件は、お断りさせていただきます」
「分かったよ。苑だけでもいいんだけど────」
あからさまに体を強張らせたオレを見て、舞姫は笑った。
「冗談だ。他をあたるから安心しろ」
あぁー、良かった……。
「行ってまいります」
飛炎が丁寧に礼をとって、オレは飛翔した。
速度を上げていくと、乾いた傷口が風にさらされて妙な気分だ。
しばらくすると、飛炎はオレに向かってか、独り言のように話し始めた。
「オレが軍にこのまま留まったら、迷惑なのかもしれないな……でもな、苑……オレは、辞めたくはない」
それを聞いて、オレは内心ほっとする。
「オレは第2皇子だから、国のために何かをするのは難しい。それに政治はよく分からない。だから父上の反対を押し切ってまで、オレは軍に入隊した……のに、結局役に立たないな、オレは」
龍化した状態では話すことも出来ず、オレには何も言ってやれない。かといって、龍化を解いてもかけてやれる気の効いた言葉があるわけではないのだが。
「なぁ苑……オレは、ここにいていいのか?」
その時だった。はるか頭上から何かが落下してくる。
「ひーえーんーっ!」
そう叫びながら落下してきた彼は、風を巻き起こしてオレの上に軽やかに着地する。
「よっ! 飛炎に苑? だよな? あれ……なんか暗いぜ飛炎……ってお前、その目どうした?」
やたら明るい彼は、風を操る白龍一族の龍皇子息、第3皇子
「何でこんなところにいるんだ?」
「これからお前の家に行くところだ。そう言うお前こそどうしてこんな所まで来ている?」
「ただの散歩だよ。お前が見えたから、うれしすぎてさぁ。思わず龍化解いて落ちてきちゃった。で、その目は何?」
「ちょっとな」
「そう」
追求を全くせず、白來様は能天気な笑顔だ。
「なぁ、オレの家に来るんだったら、乗せていってやろうか? お前たちより絶対速いし」
風の加護のある白龍は、本気で飛べば他の龍族の倍ほども速度が出るという。
「ところで何しに行くんだよ。オレなんか、みんな忙しそうだったから邪魔しないようにわざわざ出てきたのに。集会中はなんか堅苦しいし、挨拶とかほんと面倒でさー」
後半が彼の本音だろう。間違いなく。
「父上に、緊急にお伝えすることがある」
「緊急?」
「そうだ」
「なんだ。ならそうと、はやく言ってくれればいいのに。とにかく乗れよ、最高速で届けてやるからさ」
白來様はオレからひょいと飛び降りて、白龍へと姿を変える。オレは龍化を解いて、飛炎と一緒に彼の上に着地した。
その瞬間、彼ははるか高くへと昇っていく。気流を利用して速度を上げるつもりなのだろう。と、思っていたら、突然加速する。オレは思わずしゃがみこんだ。そうしているうちにもますます速度は上がっていき、飛炎もオレの隣に座った。
「こいつの飛び方は結構荒いから、落ちないように気をつけろよ」
言ったそばから白來様の体は大きく傾き、オレは危うく滑り落ちそうになる。それからもさらに加速して、息も普通に出来なくなった。く、苦しい……。
「おい苑、平気か?」
「う……うん……」
言いながら、本気で思う。
自信ない……。
「はい、お疲れ様」
白龍の城に着いたのは、出発してからおよそ1日後のことだった。途中少し休憩をしたことを考えると、驚異的な速さである。3日を見込んでいただけに、拍子抜けするほどあっさり到着したことになった。
「さすがのオレも疲れたよ」
「世話をかけたな、白來」
「いいって。飛炎のためならどこへでもってね。惺緋様はたぶんまだオレの父上達と一緒だと思うから、中に入って奥のほうに行ってみて。たぶんその辺の人が案内してくれるかな」
「あぁ、分かった」
じゃあ、と白來様は足早に立ち去った。どうやら本当に公式な場所は苦手らしい。
オレは目前の白龍の城を見上げた。白龍の城はその大きさこそ一番小さいが、装飾の美しさは随一だ。明るい城は開放的で、白龍の皇族の性質をよく表している。
内門まで行くと、衛兵の傍らにいる女性が言った。
「どちらさまですか?」
「紅龍皇惺緋の二子、飛炎と申します。事前の連絡もなしに、突然の訪問をお許し下さい。本日は父に急ぎの用で参りました。取次ぎをお願いできますでしょうか」
「かしこまりました、少々お待ち下さい」
そう言って1人で中に入り、すぐに戻ってくる。
「どうぞ、こちらです」
白來様の言ったように、オレ達は奥のほうへ通された。
そして、1つの大きな扉の前で立ち止まり、彼女は戸を叩いて鈴をならした。使用人の合図だろうか。
「入りなさい」
「失礼致します」
やわらかな男の声に、女性は入っていく。戸を開けてもそこにはついたてがあって、中の様子はまだ見えない。オレ達は中には入らず、一応その場で控えていた。
「どうかしましたか?」
「惺緋様に」
「え? 私ですか?」
若々しい紅龍皇の声がする。
「ご子息がお見えです」
「本当に……。何でしょうね……」
「惺緋、お前の息子というと、あの出来のいい兄か? それとも軍人になったという弟のほうか?」
この低くて太い声は誰だろう。
「どうでしょう……」
「まあまあ、私たちで話をしても仕方がありません。お通ししてください」
白龍皇の声だろう、先ほどのやわらかい声がして、オレ達は招きいれられた。
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