Secret 外伝

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9.Fire


【5】

 皇城は運ばれてくる負傷者の手当てであわただしかった。開け放たれた外門には、負傷者の名前と数を確認するための場所が設けられている。内門からは治療の終わった者が出てきていた。
 オレたちがそこまで行くと、それまで忙しく動き回っていた城の医師たちが一瞬にして固まる。
「────飛……飛炎様!!」
 いち早く悲鳴と共に走り出したのは、特に皇族のために編成されている医師達の医師長をしている女性だった。
 その人に向って、開口一番飛炎は言う。
「苑を頼んでいいか」
「しかし……!」
「いいんだ。これはもう使い物にならない。それより、苑と皆を」
 反論を許さない声でたたみかける。
 医師は少しためらったが、あきらめたように言う。
「……分かりました。ですが、いいですか、絶対に動かないと約束してください。どこかその辺りに座って、休んでいてくださいよ」
 言われて、内門を少し入ったところの窓際の壁にもたれて座った飛炎を見届け、医師は俺を連れて奥へ足を向ける。しかしすぐに、もう一度振り返った。
「また勝手にどこかへ行ったら、ただじゃ済ませませんからね」
 とても心配そうに言い捨てて、彼女は今度こそ歩き出す。彼女ついてオレは歩き、小部屋で傷の手当てを受けた。手際よく止血をしながら、彼女はオレに、腕は折れてはいないようだと言った。
「あの、聞いていいですか?」
 オレが言うと、彼女は手を止めてオレを見る。それを肯定と受け取って、オレは続けた。
「さっきの、また勝手に、って話です」
「あぁ……」
 苦笑しながらも手を再び動かして、彼女は話してくれた。
「もう随分前になるのですが……この城の大広間の天井は、装飾ガラスでできているでしょう? それが老朽化して落ちてきたとき、たまたま居合わせた飛炎様がそこにいた女性をかばって、怪我をしたんです」
 容赦なく傷口をきつく縛るのでオレは顔をしかめる。
「まだ軍に入るずっと前のことでしたから、飛炎様も今ほどお強くなかった。だからか、結構な怪我でした。ガラスですから飛び散りますし、重さもありましたから。その時も、飛炎様は女性の方を先にとおっしゃって……」
「それで、いなくなったんですか?」
「……本当にしょうがない方ですよ。大広間からかなり離れた中庭にいるところを見つけて聞けば、待っていろとは言わなかったからと。それに、傷もたいしたことはないと言われて……全治2ヶ月の傷をですよ」
 深くため息をついてから、彼女は言った。
「でも、そこが飛炎様のいいところかもしれないのですけどね」
「先生!」
 ちょうどその時駆け込んできた若い医師が言う。
「急患です、お願いします!」
「今行くわ。それではすみませんが、包帯をご自分で巻いてくれますか。それからあなたの腕ですが、もう少しずれていたら動かなくなるかもしれなかったほどの重症です。くれぐれも無茶なことはしないように、それから出来るだけ動かないですむなら安静にお願いしますね。いいですか」
「はい」
「じゃあ……飛炎様をここに連れてきて、寝かせて差し上げてください。見たところひどく疲労しておられたようでしたので。それと、傷口を清潔にお願いします、と伝えて下さい」
「分かりました」
 言い終わるかといううちに、彼女は急いで部屋を出た。
 オレはそんな彼女の洞察力に感心しつつ、包帯を巻く。飛炎のあの乏しい表情の変化で体調を見抜くとは、さすが医師長だ。
 巻き終わると、オレは飛炎のいるところへ急ぐ。
 視界に入ってきた飛炎は、横に座った隊長に寄りかかるようにしていた。
 めずらしく隊長がほほえましい顔をしているので、オレは怪訝な顔をして聞いた。
「隊長、どうしたんです?」
「いいから、静かにしとけ」
「え?」
「見てみろ」
 隊長は小声で言うと、飛炎に視線を向けた。彼は血を拭き取ったらしい布を握ったまま、隊長の肩に完全にもたれかかって静かな寝息を立てている。
「滅多に見られないぞ、こんな顔は」
「ですね」
 飛炎は起きている時の鋭い表情ではなく、また仮眠を取っている時ともまた違って、それはむしろ安心して眠る子どものようだった。さすがに微笑みまで浮かべてはいないのだが、オレに言わせればもう十分驚くに値する。
 そして、そんな表情だからこそなおさら、右目の傷が目立った。
 オレは、ずっと気になっていたことを口にした。
「隊長……飛炎は、軍を退任する気でしょうか……」
「どうだろうなぁ……こいつの性格じゃ残りたいはずだが、龍皇が許すかどうかわからん。微妙なところだ」
 飛炎が軍に入ると言ったとき、一番反対したのは惺緋龍皇だったという。龍皇以下あの一家は、なんだかんだ言っても末息子の飛炎をとても心配していた。誰にも頼らない、しっかりしすぎているから、余計に危なっかしく見えるのだろう。
「剣も、どうするんでしょうね……」
「そうだな」
 龍皇となる者には、軍のものほどの威力はない皇剣というものを作る。しかし彼は第2皇子だ。原則として第1皇子以外は帯剣を認められていない。おそらくは彼も一般の隊員同様、軍を退くときは剣を返すことになる。他人に使われたり、悪用されることがないように、剣は武器士の手によって灰になる。
「惺緋龍皇や玖煉皇子よりもよっぽど、こいつには剣の才能がある。あれだけ力を食われて意識を保っていただけでも、俺なんかよりいい使い手になれるのは明らかなんだが」
 その時規則的な靴音が、あわただしい人々の間をぬってこちらにやってくる。
「姐さん」
「飛炎は?」
「眠っている」
 第五部隊隊長舞姫──その人だった。
 彼女は俺の横に立つと、飛炎の様子を見てとりあえずは安心したようだった。
「苑、お前にも、すまなかったな」
 突然謝る彼女に、オレは困惑する。
「私の力が至らないばかりに、お前たちをこんな目にあわせてしまった」
「ち、違いますよ。オレがバカで至らなかっただけですから!」
「いや、やはり俺がもっとはやく来ていれば……────」
 責任なんか、みんな感じていた。責任が取れるものなら取ってやりたいと思っている。
 飛炎のその右目が、元に戻るなら、何だって────。
 重苦しい沈黙が流れる。それを破ったのは意外なお方だった。
「なにを沈んでいるのです。やるべきことはいくらでも残っているでしょう?」
「────真様……」
 気丈な声に応えて、隊長がその人の名を呼ぶ。
 飛炎の母、真皇妃は、毅然とした声で2人の隊長とオレを叱咤する。それから彼女は飛炎の前にしゃがむと、その血に汚れた明るい髪をそっとなでた。すると飛炎はそれに応えるように、まぶたをゆっくりと開いた。つぶれた右目が痛々しい。
「母上」
 真様はその白い手で飛炎の左頬を叩いた。決して強くはなかったが、飛炎にとっては十分すぎるほど痛かったらしい……それだけでうつむいた。
 そんな飛炎を真様は抱き寄せて、飛炎の肩に辛そうな顔をあてる。
 かたく目を閉じた真様の顔は、飛炎からは見えない。
「あれほど……自分を大事になさいと言ったでしょう……?」
 わずかに震える声に、飛炎は返す言葉が見つけられなかったようだった。
 真様は飛炎をやさしく抱きしめ、その顔にいつもの微笑みを浮かべて、飛炎を正面から見つめた。
「生きていてくれて、良かったわ」
「……はい……」
 彼は“悲しそうな”顔で、それだけ言った。あの飛炎が表情らしいものを浮かべるのを、オレは初めて見た。


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