Secret 外伝

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9.Fire


【2】

「お、もうこんな時間か。今日はここまでだな」
「ご苦労様です、隊長。私達は夜勤もあるので、その件についてはよく話しておきます」
「え? 今日って夜勤だった?」
「何だ、忘れていたのか?」
 慣れない者なら萎縮しそうな、どこか険を帯びた双眸をオレに向け、飛炎は言った。付き合いの長い者は、これが彼の常なのだと知っている。ちょっと鋭い視線は、疑問を抱いている分真剣なのだろう……たぶん。
「しまったなぁ……今日はひなが田舎から帰ってくるから、会うって約束してたんです」
 ひなというのはオレの恋人で、本名は穂北ヒナタという。
「女との約束は守らんと面倒だぞ、苑」
「隊長、勘弁してくださいよー。変に脅さないでください」
「あっはっは。お前が恋人を怒らせても俺には支障ない。悪いが知らんぞ、俺は」
「……隊長、経験がおありですか?」
 飛炎の突っ込みに、笑っていた隊長の顔が突如固まる。
 嘘……まさか図星?
「隊長、もしかして奥さんと何か?」
 だとしたら意外すぎる。小柄な容姿といい雰囲気といい、すごくやさしそうな人なのだ。はっきり言って体格のいい隊長の隣に立つと、大人と子どものようで犯罪っぽい。
「いや、あれとの約束は破ったことがない」
「じゃあ、誰なんですか? ここまで言っておいて、教えないのはなしですよ?」
 オレの追求に、隊長は観念したように答えた。
「……姐さんだ」
「えっ? じゃあ、同期なのに姐さんなんて呼んでるのって、そのことに関係してたりします?」
「────そんなところだ」
「へぇ、そうなんですね」
「それは、拝見したかったですね。隊長が面倒に巻き込まれているところなんで、そんなに見られるものではなさそうですから」
 嘆息した隊長は、思い出したように飛炎を見た。
「だが飛炎、龍皇様も……お前の父親も一度だけ似たようなことがあったぞ」
「父上が、ですか? 初耳です」
「まだ皇太子でいらっしゃった頃か。そりゃあ大変だったんだ、皇城中を巻き込んでなぁ。まだ玖煉様がお生まれになる前のことさ。俺も詳しいことは知らないが、事の次第は直接惺緋龍皇に聞くといい」
 聞いてみたいなぁ……でも、飛炎がそんなことわざわざ聞くわけないし、大体惺緋龍皇はしばらく不在だ。
「あ、そうだ。玖煉様はご存じないかな」
 玖煉様は気安い方だし。
「兄上か? 今朝から姉上と一緒に蒼龍のところに行っている。何でも近々姉上が嫁ぐらしい。今なら龍皇がいらっしゃらないから、気兼ねがなくていいだろうとお招きいただいたとか……兄上も挨拶だと言われていたが、たぶん相手の方と話がしたかっただけだと思う。よく見ておきたいのだろう。姉上のことは、昔からかなり気にかけているようだから」
 と、言っている本人が一番気にかけられているんじゃないかとオレは思うけど。
「そうなると、真様に、お聞きしてみる……?」
「苑……オレにできると思うのか?」
「だよねぇ」
「当たり前だ。母上にそんなことを聞けるわけがない」
 オレ自身は見たことはないのだが、飛炎が言うには真様を怒らせると恐ろしいのだそうだ。この国が惺緋龍皇で治まっているのも実は、真様がいらっしゃるからだと言っても過言ではないらしい。
 そうなると、その方を本気で怒らせた時の話……いっそう気になってきた。
「そういえば飛炎、お前にはそういった話はないのか?」
「はい?」
 隊長が問うと、思いもかけなかったことを聞かれたように彼は首をかしげた。
「そういった、ですか?」
「そうだ。玖煉様にだって、そりゃあ仲のいい恋人がいらっしゃるんだろう?」
「はぁ……私は、あまり興味がないものですから。今は剣の腕を上げるほうが重要ですね」
「女より剣か……全く、お前は本当に変わっているな」
「そうですか?」
「俺としてはうれしい限りだがな。お前はお前だ、好きにするといい。あぁ、剣と言えばお前達の剣が完成したらしいぞ。早めに取りに行けよ」
 そう言って隊長は大きく伸びをし、オレ達よりも先に隊長室を後にした。
「やっと剣、できたんだ」
 剣というのは、紅龍護衛軍機動部隊の隊員に対して、入隊30年の祝いに紅龍王から下賜されることになっているもので、一振り一振り武器士がそれぞれの“気”に合わせて作る。ゆえに本人にしか上手く扱えない、それ1本きりのいわば特注品である。通常製作を始めてから半年ほどで完成するのだが、オレ達のものは随分遅れていた。
「夜勤の開始時間にはまだ時間あるし、先に取りに行かない?」
「そうだな」
 相変わらず表情を変えずに飛炎が言い、オレ達は武器士の仕事場を目指した。
 武器士の仕事場はさほど遠くない。皇都のはずれにあり、走れば往復1時間弱。余裕で夜勤の時間には戻ってこられるだろう。

「あぁ、飛炎様。お待ちしておりました」
 到着するなり飛炎の姿を認めた老齢の武器士長は、職人の顔でオレ達を迎えた。彼は紅龍護衛軍の中でもかなりの古株で、力の波動────“気”を見極めることのできる数少ない人物である。その中でも最も優れているとされるのが、この人だ。
「剣でしょう?」
 飛炎ほどではないが無愛想に言いながら、奥へ行ってしまう。
 オレと飛炎はぽつりと残されて、しばらくそこに突っ立っていた。
 現れた武器士長は、小さな袋を2つ持ってきていた。
「大変でしたよ。飛炎様のものも、苑殿のものも、なかなか調整が効かないものでね」
 手渡されたそれは、やわらかな布の袋だった。中身はもう分かっている。
 オレ達はその場で袋を開け、中のものを確かめる。それは、小さな耳飾────ピアスだ。
「ご苦労をおかけしました」
 オレが言っている横では、早くも飛炎が耳につけようとしている。オレのものは白銀だが、彼のそれは漆黒だった。
 このピアスが、オレ達の剣の通常の形態だ。
「さて、これからは取り扱いについて再度私から忠告をさせていただきます。もう嫌というほど話は聞かされたと思いますが、絶対に安易に剣を使用しないことです。いいですか、これからは常時そうして身に着けて下さい。体が慣れるまでは……およそ半年は、剣として使用することなどゆめゆめお考えになられませんよう。剣が壊れるくらいなら構いませんが、暴走すれば精神が霧散します。廃人になりたくなければ、どうぞ私のたわごとをお心に留めて下さいますよう」
 オレ達は子どもの頃から随分釘をさされるのだ。護衛軍の皆様の剣には、決して触れてはいけない、と。
 オレも話を聞きながら、すぐにつけた。
「慣れるまでは、そうしてつけているだけで体力を消耗しているのが分かるでしょう。まぁ、1月もすれば多少は慣れましょうが」
 そして、武器士長はその目にわずかながら笑みを浮かべる。
「とにかく、入隊30年おめでとうございます。どうぞその力でこれからも紅龍を御守り下さい」
「はい。精進いたします」
 よどみなく飛炎が答えた。その左耳に、漆黒がよく映える。
 護衛軍の機動部隊に入隊するとすぐ、左右どちらかの耳に赤銅のピアスをつけることになっている。片方だけにピアスをしているというのは、軍人でありさらには機動部隊隊員の証なのである。そして、30年目には赤銅だったそこに、こうして賜る剣をつけるのだ。
 というか、この剣を身につけるためにわざわざ耳に穴をあけておくのである。常に身につけておけて、邪魔にならないものという条件に該当したのが、ピアスだったらしい。そしてこの剣、扱いが極めて難しいために入隊後30年が経過するまでは作らないことになっているのだった。
 しかし、扱いが難しいだけに使いこなせば威力はすさまじい。半年は剣の形にすることさえ禁止されるこの武器は、大抵の人が初めて使ったときは威力を発揮できるわけもなく、何もしないうちに疲れきって倒れこむそうだ。だからというか、実際の使用などないと言っていい。この平和な土地で、これほど強力な力を持った武器を使用する機会が頻繁にあるはずもなく、滅多にない非常事態と儀礼の時にしかこの剣の出番はない。それも、ほとんどが隊長格で片付いてしまうので、隊員がこれを持つのは単に、体力をつけて実力をあげる手助けにするためである。まぁ、いずれは若い隊員の中から隊長になる者が出るのだから、その時になってあわてないように使えるようになっておく、というのも大きな目的だ。
「ありがとうございました」
 飛炎はどこかうれしそうな声音だ。
 いくら使わない剣でも、これは隊で一人前になった証拠のようなものなのだった。
「本当に、ありがとうございました」
 オレも深く頭を下げた。
「いえ、これが私の仕事ですから、礼には及びません。他ならない惺緋様のご依頼です。飛炎様も、惺緋様によろしくお伝え下さい」
「はい」
 彼はこういうとき、皇子の顔に戻る。軍でも飛炎に敬称をつけて呼ばないのは隊長達とオレくらいで、多くの人にとって彼は、結局どこにいても皇族なのである。当の本人は自分のことを皇子の器ではないと思い込んでいるらしい。オレに言わせてみれば十分それらしい威厳を備えていると思うんだけど。加えて彼は、皇族の中でも浮いている。紅龍では変わった色の髪をまとめることもなく、暇があれば軍の訓練の格好そのままに、広い庭園の樹の上で昼寝でもしている。休暇もあまり城に帰らず、練習場か紅龍の森にいるのだ。そもそも皇族で護衛軍の機動部隊に入隊したこと自体が異例中の異例、前代未聞だった。
「苑、帰るぞ」
 不意の声にはっとすると、すでに彼は少し先にいて、オレはあわてて彼を追いかけた。
 急いで帰って練習場についたときには、耳のピアスが体力を奪ってくれたおかげで、普段の倍は疲れた気分だった。


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