【1】
炎を操る龍族、紅龍。
前皇、惺緋龍皇の父皇が病により若くして崩御され、惺緋龍皇は異例の若さで即位した。そして、この紅龍の領域を治めているわけであるが……人間界との交流を絶って久しいここは、長い間争いと呼べるものもない。脅威と呼べるものがあるとすれば、それはどこからか現れることのある魔物の襲撃だが、それも自衛によって防いでいる。
年に一度、紅龍、白龍、蒼龍、黒龍の四龍皇が集まって集会を開く。今年は風を操る白龍の城で行われることになっていた。また今回は、5年に一度の精霊皇達も一堂に会する集まりだ。
そういうわけで、惺緋龍皇は妃と3人の子どもたちに留守を預け、数日前には城を出発した。そろそろ着いた頃だろう。
よく晴れた日だった。
常春の気候である「紅龍の森」はともかく、季節はもう夏も終わりに近い。
この季節に咲く真紅の大輪の花が、まるで焼き尽くせなかった夏を惜しむように咲き誇り、大地を炎のごとき赤でうめ尽くす。
そして、それとは別のもっと黒い炎が、この紅龍の皇国を焼こうとしていた。
小さな火は、確実に踊り始めていた。しかし、気づけないでいる。
“炎が、お前の罪を暴こう────”
その者が求めたのは荒れ狂う炎。
全てを焼き尽くしてなお消えない、憎しみの劫火。
木剣のぶつかり合う音。
その片方が弾き飛ばされ、高く宙に弧を描く。剣を手放した方は足を払われて転倒し、片腕をついて受身を取ろうとする。しかしその前にすかさず懐に飛び込んだもう一方は、道場の床に押さえ込んだ。鮮やかな動作で逆手に持ちかえられた木剣を、のどもとへと突きつける。と同時に、中空にあった木剣が床に落ちた。
「そこまで」
静止の声がして、木剣が下げられる。
ここは紅龍護衛軍中央本部、機動第一部隊練習場である。
「じゃぁ、次を」
「ちょっ……、勘弁してくれよ飛炎……ちょっと休憩」
「はっはっは! また腕を上げたな、飛炎。とりあえずそのくらいにしてやれ」
人ごとだからと笑っている第一部隊隊長、
「はい」
そうして床の上で無様に倒れているオレに手を差し伸べたのは、この皇国の第2皇子飛炎である。
「ありがと」
「あぁ」
皇族と言っても、飛炎はその中でも少し異質な存在である。炎を操る龍族は、大抵の場合黒に近いような深い赤の髪をしているが、彼のそれはとても明るく、赤毛とも金髪とも違う少しくすんだ橙とでも言おうか、そんな派手な色をしている。皇族にしては珍しい浅黒い肌も、余計に彼を浮かせる原因になっているようだ。
浮いているのは軍でも大した変わりがなく、皇族にあって軍隊に入隊した彼を単なる一隊員と見ることが出来ない者も少なくない。……まぁ、無理はないかもしれないが。
彼は、その黒瞳が鋭すぎて近寄りがたいことを除けば、美男子と言って相違ない。左目の下の泣き黒子がその独特の雰囲気に拍車をかけていた。加えて彼には積極的な社交性がほとんどない。
いい奴なのだ。無愛想でよく知られていたこの第2皇子も、ただ単に人付き合いが苦手というか、他者との関わり方が分かっていないだけらしい。面倒ごとは避けて通りたいというのもあるようではある。もっともオレにだって、表情というものをほとんど見せない彼が何を考えているかなんて、見当もつかないのだが。
「
隊長の声で、周囲でそれぞれ鍛錬にいそしんでいた隊員達は散っていった。
大きな隊長のうしろ姿に導かれて、オレ達2人は隊長室に入る。
「何でしょうか、隊長」
オレは頭に巻きつけていた黒い布を取って聞いた。
「まぁ座れ。実はな、お前たち2人を第五部隊の副隊長の後任にという話があるんだ」
開け放された窓からは、心地よい風が吹いてくる。
しかしオレは、あまりにも突然の昇進に驚きを通り越していて、涼しさも忘れる。
「それは、また、どうしてオレ達に…………」
隊長は人のいい顔に困ったような色を見せる。普段の豪胆な性格からは想像しにくい、というか似合わない感じに、その頬をぽりぽりとかいた。
「あの姐さん直々にご指名でな。現在の副隊長のお2人は、あの通り年が年だろう? そろそろ体力のいる本部機動部隊は退任して、医療班に移ろうかということらしい」
「はぁ……」
オレは気の抜けた返事をする。たぶん間抜けな顔をしているだろう。
隊長が姐さんと呼ぶのは、第五部隊隊長、
「しかし隊長……私共のような若輩が副隊長に就任するとなれば、やはり快く思わない者も少なからず出ると思いますが。ましてや……」
わずかに躊躇してから、飛炎は続ける。
「私は皇族です。特別な配慮がなされたと、そう思うのでは」
「それはあるだろうが……お前達しだいで何とでもなるだろう? 要は相応の実力があればいいのだからな。まぁ、俺としてはもうしばらくお前達を手元において育ててみたかったが」
軍への入隊が認められているのは、成人である150歳を過ぎてからだ。オレも飛炎もその年の入隊試験を受けて合格した同期で、今年で入隊32年目ということになる。
そもそも護衛軍は地方支部と中央本部で構成されている。オレ達が現在所属する中央本部は、機動部隊が一部隊約20人の十三部隊と他にも種々の専門家がいるのだが、それほど大きくはない組織だ。機動部隊ごとに隊長1人と副隊長2人がいる。オレ達は今、第一部隊隊員だ。
こんな少人数の精鋭部隊なのだが、別に普段戦争が起きているわけでもなければ内紛があるわけでもないここでは、仕事といえばもっぱら道案内や遺失物探し、自然災害時の応援と、まぁそんなところだ。それも平和で結構なことだと思っている。
「で、どうする?」
「……私は返答しかねます。そもそも私達でなければならない理由がない。なぜ、私達なのです?」
飛炎は問う。隊長はまた頬をかきながら答えた。
「あー、つまりな……姐さんがお前達を気に入ったと、それだけのことなんだ。お前達も知っての通り、あの人はいい男────見込みのありそうな奴を鍛えるのが大好きだからな」
十中八九、“いじめる”の意だ。
「ところで隊長、医療班って人手不足でした?」
「あぁ。何でも今年は城と国営医院の人員が不足して、入れ替わりが多くてなぁ。軍からも何人かそちらに配属になるらしい」
「そういえば父上が先日そのようなことを言っていました。確か今年は退職希望の医師が例年になく多いとか」
「へぇ……何か大変そう」
全く知らなかった。機動十三部隊の他に医療班や武器士、調査隊、総務など、軍の人員は様々な所に割かれている。それぞれの職種に応じた試験が行われている軍の入隊試験だが、これがなかなかの難関で実際に合格するのは多くても一度に3人、いないことも多い。年によって多少のぶれはあるものの、軍は全体でおよそ1000人くらいだ。
ちなみに、オレの同期は飛炎だけである。
「まぁ、考えておけ。明日の会議で正式な決定になるだろうからな。勇気があったら、それまでに断ればいい」
「隊長……断れないって聞こえました……」
うなだれて言ったオレの傍らで、飛炎は相変わらずの無表情だ。
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