Secret 外伝

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6.A Little Boy


【5】

 いつか、どれほどの変化がこの世界に訪れたとしても、決してこの呪いは消えない。
 この世に生まれ落ちた瞬間に、母から授かったこの呪いは…………。


 あたたかい場所が、欲しかっただけ。
「迅……良かっ……た」
 良かった?
 何が? ────オレの手を染める、お前の血。
 立ち尽くしていたオレは、そうしてようやく理解する。
 オレに放たれた術。オレの目前で倒れた戒。男を背後から襲った主人。傾ぐ、男の体。
「私も、すぐに行く」
 つぶやいたのは、先刻逃がしたはずの主人だった。
 たやすく男を殺したその手は、赤黒く血がまとわりつく。
「旦那……鈴は無事だよ。…………悪かったね、どうやらこれは、私の子どもだ」
 衝撃的な言葉にも、あまり心が動かなかった。
 なぜ、主人がこんなに殺しに長けているのか。そんなことも、思いついてすぐ消える。
 オレの思考をいっぱいにしたのはただ1つ。
 戒、なぜ?
「生きて会えるなんて、思いもしなかったねぇ……」
 それきり主人の声は途切れる。幸せそうな表情が、彼女がもうこの世の住人でないことを物語っていた。
 血が、オレの足元に広がる。
「ほ……とに、良かっ────」
 再び、彼の声。
「戒、どうして……なんで、かばったりした……?」
 声は震えた。
「お前が、死ぬと、思った…………から」
 オレが、死ぬ?
「死なせたく、なかった」
 裏切ったのに?
 お前はオレを、騙していたんだろう?
 憎ませてもくれない。憎みたくないオレを、お前は知っている。
「迅、オレを、殺せ」
 ずるい。お前だけ、楽になるなんて。
「戒────」
「じ……ん」
 これもまた、呪いなのだろうか。
「どうせ…………たす……ら、ない」
 笑うな。オレにとってお前がどれほど大切か、知っているくせに。
 オレがお前の頼みを、聞かないはずがないと…………そう、知っているくせに。


『呪いは子どもに────』
『この子、に?』
『仕方がないだろう』
『まさに、神の奇跡だ』
『あなたの呪いは、消えた』

『今なら、死なせてやれる』
 父。
『……いやよ……』
 母。

 そしてオレは呪われた。
 母が受けるはずだった永遠の呪いを、この身に受けた。


 流れ出る血。己を染める、友の血。
 惨状に、オレは戒を抱いて座り込んでいた。
「迅? お、前……」
 そこに現れたのは、銀の瞳の少年。
 皓、生きていた。
 これは、皓、違うんだ。
 オレが戒の首に白刃を突き立てているのは────。
 違う……?
 違わない────オレが、殺したんだ。
 来るな、皓。
 お前だけは、オレの呪いに巻き込みたくない。
 オレを軽蔑していい。どうか、オレから遠ざかってほしい。
 死んでほしくない。
 だから、ここから消えろ、皓。
 すると皓は走り出した。
 あぁ……やっと思い出した。もう1人の、銀の瞳。
 あの人は、死んだ。
 そして彼も、オレの前から姿を消した。


『……いやよ……』
 きっと、あれは母の、最後の愛。
 これから狂う人の言葉。
 それは歪んだ愛。そしてどこか純粋な愛。
 どうして…………

「どうして、殺してくれなかった……?」
 朝日が、東の空を昇る。
 声は響かず、溶けて消える。

『お前が、死ぬと、思った…………から』

「オレが、死ぬ?」
 照りつける真夏の太陽は、しかしオレを照らさない。
「死ねるわけが、ないのに……っ!」
 冷たくなった戒の頬に、涙が落ちる。
 生まれたその瞬間、呪いが効力を発揮し始める直前。オレは死ねた。それなのに、母は拒んだ。

 どうして、殺して、くれなかったんだ。
 死なせて、くれなかったんだ……。

 声に、ならない。


 タイムリミットは迫っている。
 オレが人でいられる時間は、もう残り少ない。

 死にたい。

「誰か…………」

 人であるうちに────。

「誰か」

 助けて。

「オレを、殺して…………」

 ドウカ、コロシテ。




「お嬢さん」
 幼さの残る少女は、淡いピンクの服を揺らして振り返った。
「この近くに、晟 皓という少年がいませんか?」
 立っていた壮年の男は少女に問う。特徴のないところか奇妙な、変わった雰囲気の男だった。
「皓さん……その方なら、もう、いないと思います」
「そうですか、どうもありがとう」
 男は礼を述べて身を翻す。
 首をなくした少女、鈴の胴が静かに倒れたのは、間もなくのことだった。


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