Secret 外伝

BACK NEXT TOP


6.A Little Boy


【4】

「迅くん、どうしたの?」
 ドアから一歩踏み入れるなり、笑顔がオレを迎えてくれた。
 それに応えようとして失敗し、苦笑する。
「迅くん?」
 女たちは不思議そうに首をかしげた。オレの苦笑など、見たこともないはずだ。取り繕うことも出来ないほど、オレはどうしようもない状態だった。
「旦那、えらく落ち込んでいるようだけど、今日はどうかしたのかい?」
 主人がカウンターに座している。
 何と言っていいか分からず逡巡していると、誰かがオレの手を取った。
「鈴」
 綺麗になった、鈴がいた。
「久しぶり、鈴」
 口にするのが、怖い。
「今日は、良くない知らせを────奏が、奏、が…………死んだよ」
「────そうかい……それで、久しぶりに泣きそうな顔してたんだね」
 いっそのこと、大声で泣いてしまいたかった。それができるほど、オレはもう子どもになれなかった。
「迅さん、あの……」
 鈴がオレを見上げて言う。
「大丈夫だよ、鈴」
 気休めにしかならなくても、口にすると楽になった。


 店を出た後、オレは自分がどうやって帰り着いたのか良く覚えていない。
 ぼんやりと晴れた夏の夜空を見上げて、綺麗だと、幾度かつぶやいた。
 それからなぜか、ふと思い出した。
 オレはいつか、誰かにこの呪いを話したことがある。
 銀色の────……?
 皓ではない。
 なぜだろう、夢のような気がするのに、それは確かな記憶。
 誰かと、話した。
 そして確かにオレはあの時……願ったのだ。

 ずっと忘れていた。
 あれは、銀の瞳。
 皓と同じ、不思議な光。



 オレがぼんやりと亜良の夕闇を歩いていた頃からおよそ1時間、外の風景は、完全にその姿を夜のものへと変えている。熱帯夜が常の亜良にしては珍しい、涼しい夜だった。
 ここは亜良の闇街の外れ、小さな廃墟。花街に程近い所だ。
 薄明かりを灯したそこで、奏に別れを告げた。
 主人をはじめ女たちも奏の死を悼んでくれたのだが、そもそも女が闇街に入ることがいい状況とは言いがたかったので、主人と、どうしても離れようとしなかった鈴を除いて、花街に帰ってもらった。残っているのはその2人とオレ達だけだった。
「奏は……海が見たいって、言ってたっけ────」
 独り言のようにつぶやいた声に、鈴がこくりと頷いた。
 おとなしい奏と鈴は、たびたび話をしているところを見かけた。奏は昔から子どもなりに鈴を気にかけて、妹のようにかわいがっていたようだった。
「オレが、奏を海に送り届けよう。奏に、海を見せてあげる」
「海、に?」
「なんだ鈴、オレを信用してないな?」
 ふざけて言うと、あわてて首を振った。
「大丈夫だよ。風が、連れて行ってくれるから」
「か、ぜ……」
 言葉少なに、鈴は納得したように見えた。その時、聞きなれない声が飛び込んでくる。
「そう、風は彼の肉体を運ぶ。でも、その魂まではどうかなぁ?」
 刹那、目の前に1人の男が舞い降りる。
 おそらくは声の主。見覚えのない顔は、まだ若いように見える。
「……貴様、何者だ?」
 影が男に剣を突きつける。奴は武器らしいものを持っていない。
「何者と聞かれてもねぇ、そんなたいした者じゃないよ。私もそこの少年に別れを告げたいと思っただけだよ」
 そう聞いてなお、影は剣を下ろさない。
「イヤだなぁ、そんなに怖い顔しないでよ」
 男は前髪を払って、この場には全くふさわしくない、おどけた笑いをその顔に刻む。
 嫌悪感で吐き気がした。
 続いて、背筋が寒くなる。
 オレの中の本能のようなものが、危険だ、と言っているような気がした。
「何者だ……?」
 それは問いかけというよりは、独白だった。
 呆然としたその声に、男は仮面のような笑い顔をオレに向け、首をかしげる。
 いつか物語で登場した、壊れた人形のようなしぐさで。
「もう一度、聞こう」
 この顔は、違う。狂っている。
 聞かずにはおれなかった。
「お前は奏の、何だ?」
「……怖いねぇ……アハハ、たいしたことないよ。そう言ってるじゃない?」
「貴様っ」
 影がわずか、男に近づく。剣の刃が、男の首筋にしっかりとあてがわれている。
「だから、全然たいしたことないよ。ただ、私がこの少年を……」
 ふいに、唇が歪んだ。
 ────キケンだ。
「殺してあげただけ……こんなふうに」
 静かな音。
 逃げろと、声にならない。
「────影?」
 彼の心臓に見えるのは、あれは、何だ?
「影……え、い……?!」
 赤い鮮血は、静かに彼の体躯を染め上げていく。
 その心臓を貫くのは他でもない、彼自身の剣。
 剣の意味するところは、死。
「逃げろ」
 かすれた言葉を、今度は叫ぶ。
「逃げろっ!!」
「だめだよ」
「見るなっ、鈴!」
「君の力、邪魔なんだ。悪いけど、消えて」
 惨劇。
「みんな、一足先に送ってあげたよ。早くあきらめて、その鬱陶しい風をどけてくれない?」
 血の海。
 そこが、オレが無意識のうちに起こした風で波を立てる。
「君が早々に諦めてくれるなら、ご婦人は見逃してあげる」
 仲間が、血の海に沈む。生きてはいないと、分かった。もう、人と言えないほど、その姿は無惨だった。
 立っているのは、オレの他には主人と鈴と、戒。そしてあの男。
「分かった」
 この男を、いつだったか……そういえば、集会で見たことがあるような気がした。そう、上層部らしい連中の中に……。
「その代わり、2人を放せ」
「いいよ。どうせ用があるのは君だけだしねぇ。早く行けば?」
「奥様、早く逃げて」
「旦那を見捨てろって言うのかい?」
「────お願いです、奥様……それと、鈴を」
「────分かった」
 あまりの惨事に座り込んでいる鈴を抱えあげて、主人が走っていく。見えなくなった頃、男が口を開いた。
「それじゃあ、約束どおり────」
「待て、戒をどうする気だ」
「戒……? あぁ、そこの。なぁんだ、君ってよほどのバカだね」
 男はこらえきれないといった風に、声を上げて笑い出した。
「いまだに信じてるなんて! バカにも程があるんじゃない? そいつは私たちの仲間だよ?」
 今、何と言った…………?
「な、ん、だって?」
「皮肉な名前だよねぇ、戒なんて。ずっと君のことを裏切り続けていたのにさ!」
「……戒……」
 呆然と呼ぶ声に、戒は応えない。何も言わず、うつむいている。
「ねぇ、もういいでしょ? いい加減に死んでよ。そうだ、ほら、さっきの少年。奏って言ったかな? あの子が死んだの、君のせいだよ? それどころか、君が殺したようなものなんだから」
「オレが……?」
「戒がね、君の風の能力を盗んでくれた。それを私があの少年の中で爆発させたんだから、君が殺したも同然でしょ? そこに転がってるのも、君がいなきゃ死なずに済んだのにね」
「戒、お前────」
「本当だ。オレは、お前の力を利用した」
 戒の声は、静かすぎるくらい淡々としていた。
「何言ってんだよ……嘘、だろう? 戒……戒っ!!」
 そして無言で目を閉じる。男の指示に逆らうことなく、戒は再びオレの能力をオレの中から引きずり出し始めた。急激な能力の流出に、軽い眩暈を覚える。
 戒の能力なんて、知らなかった。みんなが、オレの能力を知らなかったように。
 他人の能力を利用できるなんて、数千人に1人いるか分からない、特殊な能力だ。
 絶望的な気分で戒を見つめる。
 それから、ふと気が付いた。
「皓、は……?」
「皓? あの変わった能力の? 私は知らないよ。抵抗するから、連れて行かれてたみたいだけど……今頃はもう死んじゃったんじゃない?」
 死ぬ? 皓が?
 そんな……────


『悪く思うな』

 オレがいるから。
 だから母は狂い、父は悲しそうに笑う。

 オレは何のために、ここにいる?

『がんばれよ』

 ……あぁ、誰だったんだろう。
 覚えているのは銀の瞳だけ。
 そう、オレは確かに、願ったのだ。
 自分が必要とされることを。

“オレを、忘れないで────”


「終わりました」
 戒の声。
 それはオレへの、裏切りの宣告。


BACK NEXT TOP


Copyright(c) 2007 Sui all rights reserved. inserted by FC2 system