【2】
何の前触れもなくいきなり女性を抱えて帰ってきたオレに、城の者は少なからず驚いていた。しかし彼女が怪我を負っているのに気がつくと、すぐに医務室へと通された。
この城の医療を取り仕切る女性医師がオレに「少しの間お待ちください」と言うものだから、オレは処置室の前でこうして待たされている。
剣の手入れでもしようかと思ったのだが、一応ここは病室にも通じる場所で、あまり大っぴらに剣を抜くのもどうかと思って諦める。代わりにオレは右眼の眼帯を外すと、濡れた布で拭いた。
その最中にオレの横を通った城の官は、一瞬驚いたように立ち止まり、それから会釈をして通り過ぎた。それも仕方がない。右眼の上から頬までの縦一文字の古傷は、眼帯をしようとしまいと目だっている。そして実際に眼が潰れているのを見せられればいい気はしないだろう。目のやり場に困るから、眼帯を外すなと苑に言われたこともあった。
その時、少し低めの声がオレを呼んだ。
「どうぞ、飛炎様。あ、右眼は最近どうですか? 悪化していません?」
オレを見るその瞳には、優しさがこめられている。
「あぁ……良好だ」
オレがこの傷を負ったとき、無理だと分かっているのにどうにか治そうとしてくれたのがこの人だった。オレの3倍は生きている、この城の古株だ。
「それにしても飛炎様、第2皇子とはいえ女性を抱えて正面から帰ってくれば、騒ぎになることくらいいくらなんでも分かったでしょうに……」
「あぁ……あまり考えなかった」
しょうがないですねと言いながら、オレにお茶を差し出す。
「それで、どうなんだ?」
「この子のことですか? 特に命に関わるようなことはありませんよ。腕の傷も浅いですし、痕も残らないでしょうね。ただ……」
「だた?」
「気になることが……」
そこで言葉を濁すので、オレは視線で促した。
「この娘は、どうやらこことは違う場所から……つまり、龍族でない領域から来た可能性が極めて高いのです」
「それは……つまり、この女は……」
「ええ。おそらく、この娘は人間です」
人間……? この女が?
オレ達とどこが違うというんだ?
そう思った時、女はすっと目を開けた。
「あなた……さっきの……?」
なぜだろう、まただ。声がうまく出ない。
「ありがとう、助けてくれたんでしょう?」
起き上がりながら彼女はそう言った。
「名前は、何だ?」
何を言っているんだろう。説明をするのが先だ。
「私は、
「年は? 年齢は、いくつだ?」
オレは問いただすように言っていた。
「17歳だけど……ねぇ、ここはどこ?あなた、誰?」
17歳……間違いない。
「オレは飛炎。ここはオレの家だ」
「……よく分からないけれど、まぁいいわ。何かお礼をさせてくれる?」
「いや、特に必要ないが……」
と、いきなり後ろで成り行きを見ていたはずの医師が慌てだした。
「どうした?」
「飛炎様、すみません。ただ、確か今日、龍皇様が夕刻に盛装で大広間に集合するように仰っていたことを今思い出して……」
「……本当か……?」
「ええ。そういえば飛炎様も行かなくてはならないのではありませんか?」
そうか……苑の言っていたのはこれのことだ。
「たぶん、オレもだな」
「急がれたほうがいいですよ、もう時間が……そういえば最近飛炎様のご結婚について考えていらっしゃるようでしたから、絶対その話にもなるでしょうね。覚悟して、そろそろ身を固められたらいかがですか?」
「どうしてだ」
「だって飛炎様、もう210歳でしょう?」
「だがな……────」
「210歳?!」
いきなり彼女──琳は大声をあげ、こちらを凝視している。
「今、何て────」
「────そうだ」
今度はオレが彼女の声を遮った。
「何か礼を、と言ったな? 少しの間、オレの……恋人役をしてくれないか」
「え? 別に、そのくらい構わないけど……」
オレはその返事を聞くと同時に、出口に向かう。
「悪いが何かドレスを貸してやってくれ。オレは着替えてくる」
「ちょ……飛炎様────」
「すまない、後は頼んだ」
しばらくしてオレが再び戻ってくると、医師は彼女を処置室の奥にある自室から外へ出して、自分の着替えの最中だった。
「間に合わないかな……あ、飛炎様います?」
「いるが」
「これを」
戸を少しだけ開けて隙間から手を出すと、その手には彼女のドレスと同じ水色のリボンが握られていた。
オレがそれを受け取ると彼女は戸を閉めて、その向こうから言う。
「それでその娘の髪をまとめてあげてください」
「え?」
「だって、仮にも恋人でしょう? ちゃんとしておかないと、ただでさえ怪しいんですから」
そうか、なるほど……。
オレは彼女の後ろに立ち、すばやく髪を結う。昔姉上の髪を結うのを手伝わされたことが、こんな時に役に立った。
「よし。先に行ってもいいか?」
「いえ、今行きます!!」
そういった直後に医師は戸を開けて出てきた。
「急ぎましょう」
オレ達は走り出す。
大広間が見えてきた。どうやら、間に合ったようだが……。
「お待ちしておりました、飛炎様。ここで少々お待ち下さい」
オレは大広間の外で控えていた者に止められる。医師だけが先に中に通された。
「ところで……飛炎様、失礼ですがこちらの方は?」
彼の視線は琳という少女に注がれている。
「……オレの、恋人だ」
言外にふりだが、と付け加えながら言う。
彼はそうとは知らず、目を瞬かせた。
「……え、あ、綺麗な方、ですね」
「あぁ……」
言われてみて、確かに彼女は美人の部類だと気がつく。
「飛炎様、時間となりましたので中へどうぞ」
彼が言うと同時に、大広間から楽士の奏でる音楽が聞こえた。
両開きの扉が大きく開かれる。
そしてそれを待っていたかのように、広間に大きく声が響いた。
「誕生日おめでとう!!」
「──────……え……?」
「やっぱり忘れてた。今日お前の誕生日だろ?」
苑がオレをからかうように言う。
「実はオレも忘れてたんだけどね。今朝隊長が言うまではみんなすっかり忘れてたよ」
それはそれで何だかな……。
忘れるのも仕方がない、長く生きていると自分の誕生日なんていちいち祝わなくなってしまうものだ。
ついさっき、年齢の話をした時も全く気がつかなかった。オレは今日で211歳だったのだ。
「ところで、この彼女は誰?」
「あぁ、それは、つまり……────」
「始めまして。私は琳、と申します」
「こちらこそ始めまして、オレは苑です」
苑が彼女の差し出した手を握る。
彼女はにっこりと笑った。
「飛炎様とお付き合いをさせていただいております。どうぞ、よろしくお願いします」
「……は、い……?」
その後、大広間が一時騒然としたことは言うまでもない。琳がまさかあんなことを言うなんてオレは思ってもみなかったのだから、オレはオレで困ってしまった。
大体、どうしてあの時彼女にあんな無茶なことを頼んだのか、自分でも疑問なのだ。
分かったことといえば、どうやらオレは初めてあの歌声を聴いた時からこの琳という人間が気になっていたということ。
そして確かなことといえば、自分と同じくらいの外見をしているのにオレの10分の1も生きていない彼女が────
「飛炎!」
今でもそばにいることくらいだ。
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