Secret 外伝

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10.Love Story


【3】待ち合わせをして

「終わったぁ!」
「お疲れさま」
 卒業試験が終わった。
 開放感に浸っている椋珂に、聞いてみる。
「それで? いかがでしたか、試験のほうは?」
「う……大丈夫に、決まってるじゃない……」
「あら、どっちを見てるのかしら?」
 あさっての方向を見つめ、遠い目をしている椋珂に、私は言った。
「まぁ、あれだけやって駄目なら、諦めるしかないわよ」
「そんなぁ」
 情けない声を出しながらも、椋珂の足取りはそれほど重いわけではない。きっと、そんなに手ごたえがなかったなんてことはないのだろう。
「あ、夏濫、今日は夕飯うちで食べていって? ご馳走するわ。さんざんお世話になったもの」
「ありがとう」
 そうしているうちに、椋珂の家が見えてきた。
「あれ? 家の前に車が停まってる」
「お客さんじゃないの?」
「そうかも。私は聞いてなかったけど……」
「椋珂様!!」
 と、慌てふためいて椋珂の家の使用人が走ってくる。
「お、お帰りなさいませ。急いでくださいな、着替えを済ませたら、すぐに客間へ来るようにと旦那様から仰せつかっております」
「え? お客さんって、私の?」
「そのようです。急なお客様ですが……」
「……私、何かしたかしら……」
 色々と心当たりのあるらしい彼女は、どれかしらと首を傾げながら家に入っていった。

「……あのね、椋」
「何?」
「どうして私まで、こんな格好で一緒についていかないといけないの?」
 椋珂同様着替えさせられ、私はなぜか客間の前にいる。
「それは、夏濫だからよ」
「あ、ちょっと────」
 止める間もなくノックをすると、ドアが向こうから開いた。
「あぁ、椋珂。座りなさい。おや、夏濫君、すまないね、椋がわがままを言ったのだろう? そこにかけてくれ」
 言われるままに礼をして座る。
「急なご訪問、まことに申し訳ございません。椋珂様でいらっしゃいますね?」
「椋珂でございます」
 椋珂は珍しくご令嬢のようにしとやかに言った。
「私は城で王子への指導役を仰せつかっております、湖 紫明と申します」
 そう言った青年は、20歳を過ぎたくらいだろうか。明るい茶髪の気の弱そうな人だ。
「実はこのたび、椋珂様にご相談があって参りました」


「おい、知ってるか?」
「さぁ? 何を?」
 オレは首を傾げながら、帯の空いたグラスに酒を注ぐ。
「可愛くねぇな。何かあったのか? とか言えねぇのか?」
 帯は不満そうに酒をあおった。
「それで?」
「王子が婚約を解消したらしいぜ」
「へぇ」
「何だよ、それだけか、柊」
「次の婚約者は決まったのか?」
「それはまだらしい。王子はもうすぐ戴冠式だからな、早いこと決めないと困るだろうが」
 この国では、戴冠式と同時に婚礼の儀も執り行われることが多い。
「でも、急に王子の婚約者だなんて、言われたほうは困るだろうねぇ。顔も見たことないだろうし」
「そりゃそうかもな。まぁ今の両陛下はいいお方達だ。不細工ってこともないだろうさ」
「どうだか」
 昼間からだらしなく酒を飲みながら、2人は取り留めなく話し続ける。


「……は?」
「ですから、王子殿下とのご婚約をお願いしたく、こうして参りました。実は、先の婚約者でいらっしゃった方が婚約解消を申し出られました。王子の同意で婚約が解消されましたので、新しくお妃候補をたてる必要がございます。本来ならば時間をかけて決めるところなのですが、王子はもうすぐ戴冠式でございますので。椋珂様のことを聞き及び、あなたさえ良ければと」
 あっけに取られている椋珂をよそに、父親は首を傾げながら言う。
「おや? 私は王子が解消を申し出たと聞きましたが」
「えぇ。王子がそのようにとおっしゃって。そのほうが相手の方へ心無い言葉がかけられることも少なかろうと」
 優しい王子の一面を、意外に思って目を見張る。
「私……あの、困ります」
「椋?」
 困惑を前面に出して、椋珂は言った。
「お父様、私にはもったいないくらいのお話だということは分かっています。ですが……顔も見たことのない高貴なお方と、私は……」
「しかしな、お前も年頃だ。もう少し考えてもいいだろう」
 椋珂はすっかり黙り込んで、うつむいてしまった。
 あまりのことの大きさに、私のほうも言葉が出ないくらいだ。しかたがない。
 しんと、嫌な沈黙が流れた。
「申し訳ございません、驚かせてしまいましたね。また、日を改めて伺います」
 そう言って、彼は席を立った。
 けれど椋珂は、何も言わない。
「椋……お前もう少し……」
「あの、おじ様」
「ん? あぁ夏濫君」
「は、はい」
「一緒に暮らそうという話、聞いたかい? どうだろう、考えてくれたかな?」
 ――――あ、忘れてた。
「あの……もう少し、考えさせてください」
「あぁ、いいとも。ゆっくり考えなさい」
 にこにこ笑って私を見るおじ様は、昔から私を娘のようにかわいがってくれている。
「夏濫!」
「はい!」
「行くわよ!」
「え? あ、失礼します! 椋珂?!」
「挨拶なんていいから、早く行くの!!」
 椋珂……こ、怖い……。
 大股で廊下を突き進み、椋珂は乱暴にドアを開ける。追いついて部屋の中を覗き込むと、ものすごい形相でソファに腰掛けていた。
「椋」
「何なのよいったい。あれ、拒否権はないって言ってるようなものじゃない! 意味わかんない!」
 口調と裏腹に、表情は泣き出しそうだった。
「王子の婚約者? この私に王妃になれ? 私……もう、何がなんだか……」
「椋……」
「そうよ……」
「へ?」
「悩むだけばかばかしいもの。こうなったら、どんな男か見に行ってやるわ!」
 待って……行動力ありすぎよ、椋珂。


 椋珂の家を後にして、私は走っていく。
「お待たせしました!!」
「いいえ。何かあったの?」
「私の友達が、ちょっと大変なことになってて……あの、柊さん」
「柊、だよ」
「しゅ、う……」
「よくできました」
 彼は私をからかうように笑った。

 楽しくて仕方のない毎日だった。
 椋珂は、ああは言っていたけれど、そんなに大胆なことをするわけでもなかった。卒業までの残り少ない日々を、私たちは惜しむように走り回った。
 日々はめまぐるしく、気がつけば私達は学び舎を去った。
 私があの人に出会ってから、あっという間に数ヶ月がたっていた。
 そして私は、知らなかった。
 彼のことを、何一つ知らなかったのだ。


「柊、外出は控えなさい。……と言っても、聴くあなたではありませんね」
「あはは……さすがですね、母さん」
「笑い事ではありませんよ。ですが、随分うれしそうですね」
「えぇ、母さん」
 窓の外を見る。
 楽しいけれど……もう、終わりにしないといけない。
 夏濫の、ためにも。


「帯さん、というのは貴方でしょうか」
「そうだが?」
 人気の少ない奥の席に座っていた帯に近づいて、彼は言った。
「折り入って、貴方にお願いしたいことがございます」
「そういうお前は誰だ?」
「あぁ、申し遅れました。私、柊様の指導役を仰せつかっております。城から参りました、湖 紫明コシメイと申します」


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