Secret 外伝

BACK NEXT TOP


1. Your Name


【2】

「起きていますか?」
 昨日オレをこの部屋に連れてきた男が、ドアの前でオレを待っていた。
 ひんやりとした朝の空気の中、薄暗い通路を無言で渡っていった。
「あなたはここで一番の年少者です。周囲の目も色々あるかもしれませんが、感知はしませんのでそのつもりで。子供は何かと便利ですから、早く仕事が任せられるようになることを期待していますよ」
 興味ないな。そう言おうとも思ったが、それより前に男が1つのドアを開けてそこに入ったのでそれに続いた。
 男はそれなりに権威のある奴なのか、三々五々散らばっていた者たちがぞろぞろと集った。
 男は思い出したようにオレに言った。
「言い忘れましたが私は4号です。あなた達が使えると判断したら、仕事を割り振ることになっています。聞きたいことは私にどうぞ」
 それを聞きながら、オレはやたらうるさい声にいらいらしていた。
「今日でここともおさらばだ。お前らもさっさとこっちに来いよ」
「いいよな、49号だって?」
 ただの馬鹿だ。あんな人間は早々に死ぬだろう。
 もしかしたら、この4号も厄介払いがしたかったのかもしれない。まぁいずれにせよ、オレには関係のないことか……。
「皆さん」
 気の抜けるような声がそこに割り込むように響いた。
「今日から入る子です、不審に思わないように一応紹介しておきます」
 そんなことか、と彼らはまた散り始めた。そんな中、先刻の男が馬鹿みたいな大声で言った。
「何だよガキか? こんな何の役にも立ちそうにないただのチビなガキ連れてくるなんて、ボスも優しいねぇ。どうせすぐ弱音吐いて逃げ出すんじゃねぇのか?なぁ、役立たずのガキ」
 役立たず、か……。
 そんなこと、言われなくても分かってる。
 ────お前は……黙れよ。
 あはは、と笑った男の顔が、突如青ざめた。
 半瞬遅れて辺りがしんと静まり返る。
「か、っハ……」
 頭上でそう声がしたかと思うと、ぽたぽたとオレの髪を血が伝ってきた。
 周囲の人間が目を見開く。
「貴……様……っ!」
 男の口からは、搾り出すような声。
 しん、と静まり返った空気。
 うっとうしい。
「な、に……?」
 苦鳴が漏れる。
 耳障りな、うるさい音だ。
「これで、満足か?」
 オレは言った。
 男のみぞおち付近を貫くオレの腕。掌は、男の背から覗く。
 腕を引き抜く時、ふと思いつく。
 楽に死なせてやろう、と。
 人間の身体の構造なんて殆ど知らなかったが、そこにあることは見当がついた。
 手を肺の方へと這わせ、脈打つ心臓を掴み、引きずり出す。噴水の如く噴き出した赤が、オレを染める。
 そしてオレは心臓それを無造作に放り投げた。見るも無残な形につぶれたそれは、なおも脈打つかのように血を流した。
 オレの手を逃れた男の身体が、ゆっくりとしかし加速を伴って倒れていく。
 これで、目障りな人間は消えた。
 自然、口許に冷笑が浮かんだ。
 本当にこんな男が暗殺を請け負えるとでも思っていたのだろうか。
 独り言が零れる。
「役立たずのガキ1人、止められねぇくせにか?」
 その言葉を聞いてオレに向かって来ようという奴くらいはいるのかと思えば、連中ときたら何か悪いものでも見るようにただこちらを凝視している。
 つくづくたいしたこともない、つまらねぇ奴らだ。
 だが、これが殺人か。
 ……意外とつまらない。
 すると4号が男の死体に近づき、軽々と持ち上げて何やら検分し始めた。それから微笑し、男を放り投げる。
 彼らはつい先刻親しげに会話していたことなどなかったかのように、死体から逃れようとそこを飛びのいた。
 晒し物となった死体は、投げられた時に内臓を撒き散らしながら床に叩きつけられる。
 それを横目に、4号はオレに言った。
「見事です」
 それは、この惨状を目にした者にしては酷く穏やかな声だった。
「やはりあの場を切り抜けただけのことはありますね。子供だからと少々過小評価していましたよ。いやしかし、本当に素晴らしい動きです」
「……別に」
 4号はふ、とわずかに笑う。それから一息ついて、口を開いた。
「その男、49号になるはずだったのですが、知っていました?」
「あぁ」
 汚い声でわめいてたからな。
「ちょっとした使い捨てにでもするつもりだったんですけどね……席も空いたことですし、あなたを49号として登録しましょう」
 死んだ男はあまりの言われようだ。しかし、周りの奴らは口出し1つしない。それだけこの4号という男が強いということなのか……。
「いいですか?」
「……あぁ」
 こんなに簡単だとは思わなかったがな。
「では、正式に登録しておきます。名前は?」
 名前……確か、あいつが孤児院あそこで呼ばれてたな。

「おい、手を止めるな、働け!」
 容赦なく棒で背中を叩かれるあいつ。わずか、唇を噛み締めて手を動かす。
「そうだ、言われる前にやれは叩かれずにすむんだよ、怜!」

 そう。
「レン、だ」
「49号レン、仕事の依頼は追って連絡しましょう。何か武器が必要なら、武器庫から好きなものをどうぞ」
「ふぅん……」
 やっぱり、流されて生きるのは楽だ。
 なぁ──────怜。


 そして呼ばれる。
 血に濡れた狂気の殺人鬼だと。
 人も心を持たない罪人だと。

 私はダレですか?

 誰か、教えて。


 強い雨音の向こうから、よく知った人の気配。
 小さな窓から書類が投げられた。
 物ない自分の部屋は、1つだけランプがあって、ベッドがあるだけ。
 そのランプに灯りを点け、薄暗く湿った室内でベッドに腰掛けて書類の紐を解いた。

─指令─
 目標: 晟 皓 <セイコウ> 男 17歳

 1枚目にそれだけ。めくると、詳細の横に顔が記載されていた。
 黒髪の、灰色のような瞳の少年だった。
「1週間ほどで完了されよ、とのことです」
 ……つまらねぇ。
「了解」


BACK NEXT TOP

翆の呟き


Copyright(c) 2007 Sui all rights reserved. inserted by FC2 system