第9話 答えの無い問い
「呪いと呼ばれるものが、なぜ禁呪とされているのか、知っているか?」
オレは力なく首を振る。
「代償を払わなければならないからだ。それは、お前が刻の力を行使するときに払うおまえ自身の能力、というのとは全く質が違う。呪いと同じだけの代償を、例えば視力を奪おうと思うならば、同じ呪いを自分かあるいは自分に近しい他の誰かが受ける必要がある。代償とはそういうものだ。そして、あの男にかかっているのは、その中でも最高位の術だ。代償以外の全ての必要なものをそろえたとしても、そもそも術をかけることができる人間などそうはいないし……そう簡単に払える代償ではない」
ゼルディアスは諭すようにオレに言う。目をそらしたりはしない。
「あの呪いの代償は、己と、己を愛してくれるものの命。つまり、その全ての未来だ。そして呪いを解くためには、いかなる術でも必ず、発動時よりも多くの代償を必要とする。おそらくあの者にかかった呪いは、あの男自身ではたとえ代償を払っても解けぬし、そもそも解く術が存在していない。だが、お前には、できる。呪いの解き方としては反則なんだが、できることには違いない。それをやってのけたのが、凰……初代国王だ」
「……凰……」
「あいつが解いたのは、逆恨みされた友好国の王だったがな」
「だから、オレにもできるって言うのか……?」
「……元々、刻の力には不可能なことはあまりない。ただし、それが使えるかどうかは、お前達個人の能力の大きさによる。解法はある、お前にはそれを使えるだけの力もある」
ゼルディアスは、小さな子どもに言い聞かせるように、そっと言をつむぐ。
「よく聞け。お前が取れる道は、3つだけだ」
……選ぶのは、オレだ。
「1つ目は、何もしないこと。それが、あの男がお前に一番選んで欲しい道だった。だから、お前に何も話さず消えようとしていたのだろう」
「そんなことっ!」
できるわけがない。
「分かってるさ。2つ目は、あの男の時間を完全に止めること。そうすることで、他の代償は一切払わなくても、呪いは消える。死ぬのはあの男だけだ」
「迅が死ぬ? 殺せって、いうのか……?」
「……3つ目は……お前が、死ぬことだ」
「オレが?」
「そうだ。……あの男の中に刻まれる記憶を全て取り込み、その全てを呪いが発動する前に消せばいい。そのために、お前が死ぬことだ」
「オレが死ねば、迅が助かるんだな……?」
でも、それは迅の希望なのだろうか……。
「皓、簡単には考えるなよ。お前は選ばなければならない。あの男はこうなることが分かっていたから……お前が困るのが分かっていたから、誰にもお前にも言わずに、独りで人としての時間を終えようとしていたんだ」
何があっても、お前のせいではない。
ゼルディアスは、そう言っていた……でも。
「何だよ……オレがいたって、結局どうしようもない……」
ただオレは、ゼルディアスにすがりつくように、その肩につかみかかる。
「何が、刻の王だ……オレには、あいつを救ってやることもできないじゃないか!」
「選ぶのはお前だ、皓」
冷静な声で、ゼルディアスは言う。
「お前には、救うこともできる」
「どうしろって……?」
ゼルディアスの姿はそのまま眼前から掻き消えていく。姿が完全に消えた後の部屋には、ただ静けさと柔らかな風が吹くのみ。
「どうしろっていうんだよ……迅……────」
かすれた声で、呟いていた。
玄関の開く音と、少しして空が階段を上ってくる音がする。彼女の足音は、御令嬢なだけあってとても静かだ。
「皓ちゃん、いるの? ただいま」
「おかえり、空」
普通を装うのは、無駄な抵抗だった。笑って見せた瞬間、空を見たとたんに、オレの頬を一筋の涙がこぼれ落ちる。
空はそんなオレに駆け寄る。
「皓ちゃん?」
椅子に座ったままのオレをそっと抱き寄せて、彼女は静かに問うように。
言葉にしようとしても、動揺したままのオレの頭はまともに働いているとは言いがたかった。
「オレは、どうすればいい?」
なんて頼りないんだろうか。
そう自分でも思わずにいられないような、弱々しい声だった。
「皓ちゃん……話していいのよ」
オレは、ぽつぽつと、断片的に言葉にした。
言葉にしてしまうと、これは現実なんだとようやく実感がわいてきた。
そして、思い知った。
オレは奇跡を起こすことのできない、ただの人間だということを。
今も昔も変わらず、愛する人を救うことなどできないのだ、と。
「どうしたら……いい?」
溢れる思いは答えを出すことなく、空は黙ってそんなオレの傍にいてくれた。
一筋の涙が乾くまで、オレは話し続けた。
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