第2話 未来
「ちょっと出かけてくる」
そう言いおいて迅が出かけてから、今日でもう3日だ。
そんな行動は日常茶飯事と言えるので、普段なら少しも気にかけないのだが、なぜかひっかかるものがある。
迅に再会してから、聞きたいこともあったけれど聞かずに来た。それが引っかかっているのかもしれない。でも、聞いてはいけない気がして聞けなかった。それでもう、長い年月が経ってしまった。
そう思うと、急に迅のことが気になりだす。
特にあてもないが探しに行こうか思案していると、どこからともなくゼルディアスが姿を現した。
「皓、少し出ないか?」
「構わないけど?」
ついでだし、迅も探すとしよう。
ゼルディアスは目的地が決まっているのか、迷わずにどんどん歩いていった。
「どこに行くつもりなんだ?」
思わずその後姿に声をかける。
「さぁ……?」
さぁ、っておい。
「いいじゃないか。たまにはわしに付き合えよ」
そう言われては、別に嫌だというだけの理由もなかったので、オレはゼルディアスの横を歩く。
町の中心部までくると、休日の朝ということもあって、まだ道は人通りが少ない。公園のベンチが空いていたので、ゼルディアスが座ってオレにも隣をすすめた。
しばらく行き交う人を眺めていると、ゼルディアスが話しはじめる。
「なぁ皓よ」
「ん?」
「もしも、お前の大切な人と、その他大勢のどちらかしか助けられないとしたら、お前ならどうする?」
「────何だ、いきなり。ずるい質問をするんだな」
少数を切り捨てて、大多数を救えるかということ──それは、王に必要な条件とも言えるかもしれない。
嘆息して、オレは理想論で答える。
「ゼル、オレは全部守れるものなら守る。そんな状況になる前に、あらゆる手を使って何とかしたい」
「っはは……わがままな奴め」
「悪かったな」
真面目なゼルディアスの表情が、一気に崩れる。
「いや、悪くないさ。お前らしい」
ひとしきり笑って、ゼルディアスは続けた。
「お前の親父は何て言ったと思う?」
「父さん?」
ゼルディアスが言うには、父さんは“適当な奴”だったらしいが、オレ自身は父親に関する記憶が1つもないのだから想像のしようがない。
「あいつはな、『みんなには悪いけど、その他大勢を先に助ける、でも、命に代えても必ず全部助ける』、そう言った」
「それ、オレとあんまり変わんないじゃん」
「そうだな。でもあいつは本当に、大切な人を守るために死んだ。そうすることが、一番大切だった人の幸せを壊すと分かっていてもだ」
懐かしそうに、その瞳がはるか遠くを見つめる。
「優しい、いい男だったよ。でも、力がなかった。そのせいで、あんなところで命を落とした。────わしは、あいつを守れなかった」
語った声とその表情に、後悔はないように見えた。
ただ、今は亡き者への想いを持て余すかのようだった。
「お前達は、どうしていつも、自分を犠牲にしようとするのだろうな」
お前達という言葉がさすのは、おそらくオレとこれまでの王達なのだろう。
「そういえば、お前に初めて会った時、刻の剣に刻まれた文字をお前は読んだだろう?」
オレの答えを待たずに、ゼルディアスは切り出す。
「
「それは、オレがその国王と同じようなものだってことか?」
「そうじゃないさ。お前とあいつでは、考え方が違う。ただな……あいつが初めてわしをこの世界に呼び出したとき、わしはお前にしたようにあいつに契約を求めたんだが。皓、お前自分が何と言ったか覚えているか?」
我、汝と契約す────そう言ったはずだ。
「あの言葉は、同じだった。あいつとな。だからわしは驚いたものだ。お前の能力の質や何かが、あいつに根源的に似ていることを感じていたからな。お前は間違いなく、あいつの血を持つ王だと思った」
「……だからゼルは、オレを気にかけるのか?」
「それがないといえば嘘になる。だがな、皓。結局、大きな違いがお前たちにはある」
故人を懐かしむような彼は、一瞬とても優しい顔をした。
「奴は自分を犠牲にして誰かを守ることをよしとしなかった。民の幸せに立ちはだかるのならば、それが親友であったとしても切り捨てることの出来る奴だ。そしてあいつは、自分が死ぬということが、まだ安定しない自分の国が傾くことにつながることを知っていた。誰を犠牲にしても、みっともなく守られたとしても、必ず生き残ってみせる……そんな男だった」
それはきっと、国を一から興す重責を担ったからこその責任感。そんな気がする。
「ある意味それは、あの時代の崔繍にとって必要で正しい考えだったがな。そして自分が必要ないと分かれば、むしろ邪魔になると気付いたときに、命を捨てられる男だった」
視線を落として、彼はさらに言う。
「もう誰にも死んで欲しくはないと願いながら、その手を幾度も血で染めた。賢いあいつは、綺麗事が通じない世界の醜さを良く知っていた」
「何だよ、オレは綺麗事好きの馬鹿だって言いたいのか?」
からかうように言うと、ゼルディアスもふっと笑う。
「まぁ、そうだな」
うわ、はっきり言いやがった。
「そこがまたお前のいい所だってことだ。今まで見てきた王の中でも、お前は有数の甘い男だ。敵である者すら、簡単には滅ぼせない。だから……」
言葉を濁した彼は、その後に続くはずの言葉を言おうとしない。
考え込んでいるのか、固まっている。
「ゼル?」
オレが呼ぶと、彼ははっとして立ち上がった。
「帰ろう。つまらん話に付き合わせたな」
言うと、さっさと立ち上がる。
一体何だったんだろう……。
よく分からないゼルディアスの行動に戸惑いつつ、せっかく出て来たのでついでに店先でも覗きながら帰ろうかと思う。
もしかしたら、以前オレの父のことを話すと言っていたのを、わざわざ話してくれようとしたのかもしれない。
ふと思いついて、聞いてみた。
「なぁゼル……オレは甘いか? やっぱり、無理なのか?」
歩き出そうとしていた彼は足を止めると、黙ってオレをしばらく見ていた。答えあぐねている。
「無理……だろうな」
オレは自分で言う。
彼に聞かなくても分かっているのに、聞かずにいられなかったのかもしれない。
「────無理、と決め付けるのは、わしには荷が重い。だが、無理でないとは言えないな」
オレが力なく言った言葉を、ゼルディアスがためらいながらも肯定する。オレの迷いを壊すように、声は明瞭だった。
「どうしても無理なものは無理なのだ。だから、お前が気に病むことではない」
「優しいな」
大切なものが、いつも幸せであるように。絶望することのないように。その全てを守ること……。
それはできないのだと。
“助けることはできない”、と────。
「だからこれから先、何があっても、お前のせいではない」
何があっても?
「それは、何かがあると、お前には分かっているということか?」
「────分からんよ。わしに未来を見る術はない」
「……そうか」
「無理でいいのさ。全てが出来る人間なんていないのだからな。そんな奴、気味が悪いだけだろう?」
「ま、それもそうだけどな」
年をとるほどに、知識が増え、できることが増えるたびに、限界点が見えそうで怖いのだ。
強くなれと言っていた母の言葉が痛い。
こうしてゼルディアスがオレの傍にいるのは、ただの義務感なんじゃないかと思ってしまうくらい、オレは自分に自信がないのだ。あんまり懐かしげに、嬉しそうに凰や昔の話をするから。だから、その国だから、オレなんかに任せておけなくて、守りたいんじゃないか。
「……ガキだな、オレも」
道端にぼそっと呟き、先を行くゼルディアスを追った。
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