第5話 術勝負
それって、オレが……ってことかな、やっぱり。
少年の瞳は、オレをまっすぐに見つめる。
「分かっ────」
「駄目よ!」
人が仕方なく受けようとしたとき、声を上げたのはなんと、囚われの身である空だった。
一体誰のせいでこんなことになってるとお思いなんでしょうかねえ。
「あのな、空……」
「だって、皓ちゃん傷が治ってないじゃない」
確かにこの間の騒動で腹部に負った傷は、完治していない。
「そんなこと言ったって────」
怪我してるからタダでかえせなんて、そんな理屈通らないだろう。
「皓、傷って何のこと?」
状況などお構いなしに、迅は問う。
「後で教えるから……とにかく空、元はと言えばお前がいなくなるからな?」
言ってしまってから言い過ぎたかと後悔したが、空にはあまりこたえていなかった。
「そうよ、全部私が悪かったわ。でも、それとこれとは別よ。どうしても解決できないなら、キラにやらせればいいじゃない」
いきなり話を振られて、キラはうろたえる。
「な、な、何を言っているんですか、無理ですよ!」
「私が相手になりましょうか?」
「えー? じゃあオレでもいいけど?」
ついに怜と迅まで首を突っ込みだす中、少年は窓から軽やかに身を躍らせて、オレ達の目の前に降り立った。
「黒髪のお兄さんがいいんだけど……それに、動きたくないんだったら別に剣で勝負してくれなくてもいいよ」
少年は、建物の影になっていて日当たりの悪い、まだ雪が多く残っているところへ手をかざした。
そして、雪の中から剣を取り出す。
「術勝負でも構わない」
その刀身は、透明感のある白。通常の剣ではまずあり得ない色……どうやら、召喚剣のようだ。
「……空、動かなければいいな?」
オレは空のいる窓を見上げる。
何となく不満そうではあるものの、納得はしたようだ。
「はやくやろうか」
オレは腰にさしている刻の剣に手を触れる。
『手伝おうか?』
頭の中に直接響くような声で、ゼルディアスが言う。
『いや……いい』
面倒でない術なら、オレ1人でも問題ない。それに、ゼルディアスの使う術は大きい。そこまでしなくても決着はつく気がする。
これでも術書を暗唱できる自信があるのだ。ただ、あんまり……ほとんど、実際に使ったことがないだけだ。
特に始まりの合図はなかった。
少年とオレは同時に呪文を唱え始める。
少年の作り出した氷のつぶてが迫ってくる。オレは時間の干渉でその氷を溶かす。溶けてなおその速度を緩めず進んでくる大粒の水球を、さらに長い時間の干渉をもって一瞬で蒸発させる。
影響範囲がごく限られているおかげで、疲労も少ない。
ゼルディアスと契約した直後に空間を移動したあのときのように、無様に意識を失うことはなさそうだ。そもそもゼルディアスが言うには、オレの能力は群を抜いて強いらしく、使い慣れさえすればもっと多くの術が難なく発動できるようになるらしい。
少年は驚いたのか、動きを止める。どんな方法で氷の結晶を消滅させたのか、よく分からないのだ。
何しろオレの力は血統能力。
はるか昔から、晟家──つまり崔繍王家だけが代々受け継いできた、呪われた能力だ。他で目にすることなどあり得ない。
わずかな時が過ぎ、少年は手を上げた。
一体なんの真似なのかと思った、その時──
「きゃ……」
頭上から聞こえたのは、空の悲鳴。
オレはほとんど何も考えずに、ゼルディアスに命じていた。
『縛れ!』
考えるより先に出た言葉だった。オレに応えて、ゼルディアスが術を紡ぐ。
瞬間、彼の動きが完全に止まる。
「
異変を察し、それまで静観していた周囲の少年達が騒ぎ出す。
「皓! 皓ってば!」
「え……?」
「え、じゃなくて、やりすぎ。空ちゃんならほら、何でもないじゃん。はやく解け」
迅に呼ばれて、我に返る。
見上げると、元気でしかもどちらかというと少年を心配そうに見つめる彼女がいた。
どうやら、やりすぎたみたいだ。
『ゼル、解いてくれ』
『解』
動けるようになって、今度こそ少年はあっけにとられたのか、目を瞬いている。
大人気なかったな……。
「空、どうした?」
「ううん、ただちょっと氷が冷たくて。いきなり首に冷たい氷が触ったから」
なんだ……本当にただのちょっとしたいたずらじゃないか。
でも……なんか気にくわない。
「おい、なぜ空を……彼女を巻き込んだ」
迅より少しだけ背が高いくらいの少年は、反省の色を滲ませた目でオレを見上げた。
「ごめんなさい。どうも最初に見た感じ、本気になってくれそうにないと思って。どうしたら本気を出してくれるか考えてたんだ」
「だからって、やり方があるだろう」
「弱点らしいのがあの人意外に分からなくて。でも、ごめんなさい」
殊勝な態度を取られると、しつこく怒っているオレが悪者になる。
「もういいよ。ところで、オレの勝ちでいいのか?」
「それはもちろん。ところでお兄さん達、お詫びにお茶くらいはご馳走するけど」
「まぁ! ちょうどわたくし、のどが渇いたと思っていたところでしたの」
弓夜さんがとてもうれしそうに言った。
「そうね。皓ちゃん、私ものどが渇いたわ」
────彼女らには危機感って言うものはあるのか?
こんなところは早く離れてしまうに限る。どちらも深窓のご令嬢のはずだ。それなのに……誰か、この世間知らずなお嬢様2人組みを黙らせてくれ。
「いいねー。オレもお茶したいな」
迅の軽い賛同が加わり、こうなるともう止めに入るだけ無駄だ。怜が積極的に反対するはずがないし。
「じゃあ、こっち」
少年がオレ達をいざなう。
「ほら皓、行くよ」
もう、本当に……さっさと怜の家に帰りたい。
思ったよりもこざっぱりとした清潔な部屋に、オレ達は通された。
適当に座ると、少年は紅茶を運んでくる。毒なんて入ってないよと肩をすくめる羽朶は、はじめに自分のカップに口をつけた。
カップからはいい香りが漂っている。それほど安いお茶ではないらしく、飲んでみても予想以上においしい。
「うまいな」
「よかった。結構自信あるんだ。お茶は仕事先の半端ものを貰ってるから、いいものだけどタダだしね」
成る程、道理で。
そうやって味わっていると、少年はすっと居住まいを正した。顔つきも随分大人びて見える。
「先ほどは、失礼しました。オレはここで一応みんなのまとめ役みたいなことをやってる、
とすると、むしろ悪いのは危険区域に近づいた空か。
空はおそらくかなり教養がある。何しろ王子の婚約者に選ばれたお嬢様だ。きちんと教育するに決まっている。
なのにこんなものすごく無茶苦茶なことをしなくても……それとも、わざとか……?
まさかねぇ。
オレを困らせて楽しんでる、なんていう、迅みたいな性格じゃない……はず。
「それに、育ちが良さそうなのは見せかけだけで、何か裏があるのかとも思ったので。どうやら、取り越し苦労だったみたいですけどね」
人の裏側を疑ったということか。当たり前だ。かつてもオレや迅がそうしたように。
「それで、お兄さん達は?」
「オレは軌流 迅。で、怜と皓と、キラだっけ。で、今から……どうする?」
「家に帰るところだ」
あまり長居はしたくない。
ここは、どうしても昔を思い出す。かつて迅と、多くの仲間と過ごした日々。そして、その終わりを。
オレはつい暗い顔をしていたのだろう。
弓夜さんがオレを気遣わしげに見る。
「どうかなさいましたの?」
「あ、いや……」
苦笑して言葉を濁した。と、その時────
「弓夜」
声を張り上げてもいないのに響き渡る声と共に、1人の女性が現れた。
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