弟4話 人違い
「何でしょうか?」
オレ達の前に立ち止まってそう言ったのは、上品な服を身にまとった、見るからに上流階級の若い女性だった。オレよりも少し年上だろうか。
「今、お呼びになったでしょう?」
「皓、この人?」
「違う」
別人を連れてきてどうするんだよ。
「すみません、紛らわしいことして」
「あら、人違いでしたの」
当然だ。彼女はそもそも外見から全く違う。空は黒髪なのに対して、彼女は茶髪だし空よりかなり小柄だ。その上、空がこんなに上品なのは城の中だけに決まっている。
「偶然だね、オレ達の捜してる人もクウさんって言うんだけど、知らない? 黒髪で、緑っぽい目をしてるんだって」
迅は人違いで呼び寄せてしまったことなど気にせず、笑顔で問いかける。
「あら……そんな方を、わたくし見かけたかもしれませんわ」
「えっ?!」
「少し前に……男の方と一緒でしたわ」
「男というと、私達ではないということですか?」
キラが聞くと、彼女は即答する。
「えぇ。確か、もう少し人数もいたと思いますわ。あちらへ向かわれましたけれど……」
彼女は手袋で覆った指で、道の向こう側を指し示す。
「よければ、ご案内しますわ」
「え?」
オレ達が何か言うよりはやく、彼女は何事かつぶやく。
辺りに風が巻き起こった。
風がおさまると、彼女は楽しそうに、軽い足取りで先行する。
「こっちですわ」
「いや、あの……」
大丈夫なのか?
「皓、早く。行くよ」
「行くって、迅──」
「風だ。彼女は風の能力で人捜しを手伝ってくれるみたい。ほら、急いで」
そう言っている迅に続いて、オレ達も彼女を追いかける。
「えーと、クウさんでいいのかな」
「わたくし? わたくしは
「素敵な名前だね。オレは迅、君と同じで、風の能力を持ってる」
「あら、そうでしたの?」
ふふっと笑う彼女の、やや風変わりな空気にも動じることなく、迅は会話を楽しんでいる。その後ろを、でかい男3人でついて行く。
それにしてもさすがは迅。女性の相手は慣れたものだ。気の遣い方がさりげなくて、気が利いている。
「あの、皓さ……あー、えー」
相変わらず、様と呼びたいらしいキラが、仕切りなおしに咳払いする。
「迅さんとは、一体どんなご関係でしょう?」
「オレが家にいない時間の、最も長い間を一緒に暮してた仲間かな。そのリーダーみたいな奴だった。最近は情報屋だったみたいだから、客商売は慣れたもんだろうな」
「そうでしたか……ですが、何と言うか、随分目立つ方ですね」
その点に関しては、全面的に賛成だ。
そうこうしているうちに、先を歩く2人はどんどんよろしくない雰囲気の路地へと突き進んでいく。いくらこの国の治安が全体的にいいからと言って、いわゆるたまり場みたいなところはないわけではない。逆に、こういうところでしか生きられない、難民のような人もいる。
「ほ、本当に……こんなところに、空様が?」
キラはおそらく見たことがなかったか、かなり久しぶりだったかのどちらかだろう。動揺している。
とはいえ、亜良に比べればその治安は比べるのも馬鹿馬鹿しいくらいいいのだ。まだ昼だということも幸いして、通りを歩く人々の顔つきもそれほど悪いわけではない。
……年中まともじゃない連中がうろついている亜良の裏町と比べるのが、そもそも間違っているのかもしれないが。
「ちょっと、まずいことになったかな」
空はあれで生粋のお嬢様だからな……。
キラだけ連れてオレを見つけようと旅に出るあたりが、一般的お嬢様の規格を外れていると思うが、それでも一応お嬢様だ。
「ちょっとどころじゃありません! 何かあったら、あぁ……!」
「落ち着けよキラ。大丈夫だから」
と言いつつ、実は一番あせっているのはオレかもしれない。
かなり悔しいが、どうやらオレは彼女に振り回される運命らしい。ほったらかしにしたつけが回ってきたのだろうか……。
やばい。かなり心配だ。どうしよう。
「皓、顔が面白い」
「はぁ?」
迅はいきなりよく分からないことを言う。
「だって、百面相してるんだもん。そんなに心配なんだったら、婚約者って言っても単なる政略結婚するんじゃないんだね」
「ば、馬鹿言ってないで、捜せ」
こいつをどうにかしろ。こんな時まで人で遊びやがって。
「はいはい。そんな場合じゃなかったんだったね」
分かってるくせに何でこいつはこうなんだ……。
いや、そういえばおかしいな……いくらなんでも、ここまで冗談を言う奴じゃなかった気が……。
何かひっかかりを覚えて考えようかというとき、迅が的確な事実を指摘する。
「皓、面倒そうな人がこっちに来てる」
その声に前方を見ると、そこにはどう見てもオレ達に狙いを定めた10人ほどの少年がいた。
空を見つける前に、面倒なことになりそうだ。
「金目のものを置いていけ」
そう言って、少年達はオレ達をにらみつけた。
髪の色が様々であるところをみると、どうやら国外からこの町に流れてきた少年達のようだ。
崔繍の人間はそのほとんどが黒髪で、明るい色の髪をしていると国外の人間だと思われてしまう。
長い冬がようやく終わろうとしているこの季節、それでもこの町はまだ寒い。崔繍でこんな浮浪者のような生活をするのは、さぞ大変なのだろう。
ある程度金を持っていそうなオレ達から金を奪おうという考えは、間違っていると言い切れない。それは、生きるためなのだから。
だが、黙ってくれてやるほどオレ達は金を持ち合わせていなかった。どうせ、穏やかそうな顔をして実は血の気の多い怜と、率先して面倒なことに首を突っ込みたがる迅がいて、この状況を打開するのに無抵抗で済むわけがない。そう、抵抗する2人を止められない……。
「1つ聞くけど、弓夜さん?」
「はい?」
「こういう状況に陥ったことは?」
「ありませんわ。それが、何か?」
……だと思った。
はぁ……。こういうお嬢さんの目の前で乱闘騒ぎ起こすのは、あんまり気が進まない。
「嫌だ、っていうのは、なしか?」
少年達を見る。表情を変えもしない。
全く、馬鹿なことを聞いた。こんな要求を聞いていたら、彼らは生きていけないのだ。
説得は無駄なので、オレは一気に彼らとの間合いを詰めた。
一番手前にいた少年の懐に入り込み、できるだけあっさり目を回してもらえるように殴る。
そのすぐ横では、怜と迅が同様に少年達を順に伸していた。
程なく片がつくと、はっとした怜が少年達に駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか? 痛くないですか?」
痛いに決まってる。
殴った後に相手を心配するのは、怜の面白いところだ。だったらやらなきゃいいのにと思う。
「怜、いいから行く……」
「あっはっはっは!」
オレの声を遮るように、笑い声が響いた。
「お兄さん達、面白すぎ」
その声はすぐ傍の建物の2階からだった。声の主の姿が、下からでも見える。
年のころは20歳より少し前くらい、その少年は窓から足を放り出して座っている。同じ窓からは、数人の少年達が心配と緊張の入り混じった顔で立っている。
と、オレに殴られた少年の1人が、何とか立ち上がろうとしていた。まだかなりやる気がありそうな目だ。
そして彼が、腰元のナイフに手をかけた時────
「やめとけ、絶対敵わないよ。それにどうやら、悪人でもただのうっかりした人でもなさそうだしね」
2階の窓から、少年は笑って制止した。何となく、その口調が昔の迅に似ている気がする。おそらく彼がこの集団のまとめ役なのだろう。
「それで、お兄さん達みたいな人が、こんなところに何の用?」
「人を捜していらっしゃいますのよ」
それまでただ傍観していた弓夜さんが答える。上流階級のお嬢様という雰囲気にも関わらず、彼女はオレ達のような一見すると市井や、こんなところの浮浪者にも、平気で話しかける。
それに、かなり度胸が据わっているみたいだ。
「人?」
少年は少し思案して、問い返した。
「ふぅん……それで、どんな人?」
「オレくらいの年齢で、長い黒髪で……確か、髪を白いリボンで結んでいる」
オレが言うと、少年は楽しそうに返してくる。
「そんな男は見かけなかったな」
「女だ」
どうやら、当たったか……。
「あはは、だよね」
周囲の少年達は不安そうに彼を見つめている。
「うん、そうだと思ったよ。黒髪のね」
するとそこで、少年は建物の中へ視線を移した。なにやら手招きしている。
「お兄さん達が捜してるのは、この人でしょ?」
少しして、誰かが窓に近づいてきた。
窓から顔をのぞかせてこちらの姿を確認し、笑顔で手を振っているのは……
「あんなところで、何を……」
紛れもない、オレの婚約者だった。
「あのね、よく分からないんだけど、捕まったのかしら?」
そうだろうなぁ……見る限りでは。
彼女の声の調子があまりにも緊張感に欠けていて、オレは拍子抜けする。
とりあえず無事が確認できてよかった。なんて、思ってる場合じゃないのかもしれないが。
「えーっと、捜しに来たんだけど、かえしてくれるか?」
「まさかぁ。タダじゃ、かえせないよ」
あぁ、嫌な予感。
「オレに勝てたらね」
────的中?
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