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3章


第8話 呼ぶ声

「ようやくおいでのようだ」
 部屋を出てまっすぐに進んだ突き当りの部屋の前、待ちうけていたのか4号が言った。
 あっさりと扉を開け、オレ達を招く。
「いらっしゃいましたか」
 中には6号がいて、その向こう側に空が横たわっていた。
 4号は6号の脇を通って空の傍まで行く。若い女性のように美しいその手で、どこに持っていたのかあまりにも似つかわしくない小さく可憐な花を、死んだように眠る空の上に投げた。
 そんなには広くないその部屋は、濃茶の絨毯が敷かれている。室内にはもう1人、部屋の右側においてある椅子に女性と思しき人が腰掛けていた。一言も発さず、こちらを振り向きもしない。
 絨毯に、進むオレ達の足音は消える。状況さえ違えば客室に招かれた客人にも見えるだろう。
 その部屋に、オレ達の入ってきた扉のちょうど向かいにあった扉が開き、音も、気配すら殺して1人の男が入ってきた。
 オレは、それが誰なのか知っている。
 この顔を、よく知っている。血に濡れたような髪も、それに呼応したように冷たい光を帯びる瞳も。
 オレのよく知る彼を、あらゆるあかで染めたような、そんな人間。狂気の中に囚われ、生きる者。
「空と怜を返してもらおう」


「皓様、どうするんです?」
「キラ……お前、絶対に勝てない奴に勝つために、どうする?」
「頭を使う……しかありませんね」
「そうだ。相手を読めばいい」
「でも、ただ勝てばいいというならともかく、空様をお助けしなければいけないのに……」
「それは、オレが絶対に何とかする」
「何とかって──」
「キラ。オレは誰だ? お前にとって、オレはどんな存在だ?」
「……主となるお方です」
「それなら信じてくれ。オレは、そのくらいの期待に応えるくらいの男には、なるつもりだから」

 1人では何もできない。独りではどうしようもない。
 でも、オレに出来ることくらいは全てやろうと決めた。
 あの日────城を出た日……いつ死んでも、後悔はしないよう。
 だから、誰かに信じていて欲しい。


「返す必要はありませんね」
 4号は言った。
「言ったはずです。あなたは、ここで死ぬ」
「悪いが、オレにその気はないんでな」
「その気がないのは、49号も同じようですよ?」
「そいつの気なんて知らないね。聞こえただろう? オレは怜を返せとそう言ったんだ」
「話になりませんね」
「止せ。見苦しい」
 4号とオレの話に、女性が割って入る。
「申し訳ない、0」
 口調と数字から察するに、どうやら彼女がここにいる中で一番の権力者のようだ。40代くらいだろうか……もしかすると、暗殺組織のトップなのかもしれない。
 視線が合う。彼女はオレを見て微笑んだ。
「────殺せ」
 唇からこぼれた言葉は、その意味とは反するやわらかい響きを含んでいる。
 だが違和感を抱いている余裕はなかった。オレは前方を見据える。
 怜が動く。その鋼の糸は、一切の躊躇なくオレの心臓へと伸ばされた。
 否……伸ばされたかに思えたそれは、しかしそれる。
 オレは、避けない。
 幾重にも張り巡らされた糸。その中を、ゆっくりレンの方へ歩いていく。
 それでも鋼糸は、オレに触れもしなかった。
 レンに手が届く。肩に触れる。
「触るな」
 レンが言った。オレはレンから視線をそらさない。
「何も、悪くない。お前のせいじゃ、ない」
 レンは何も言えず、鋼糸をオレの首筋に押し当てる。
「怜」
 怜とレンが混ざり合うような錯覚。いや、本当にそうなのかもしれない。
「怜、もう、いいんだ」
 レンの指先が震える。拍子に首筋の鋼糸も震え、皮膚を割く。血が流れ出す。糸を伝って、レンの指先に届く。
 血が、まとわりつく。
「────っ」
「怜」
「その名で、呼ぶな……」
 半ばかすれるような声で、レンは訴える。
「言ったはずだ。お前にオレは殺せない」
 何となくそんな気がしていた。怜の心はもろく弱い。だから、レンがいるのだから。
「もういいんだよ。お前は誰も殺さなくてもいい。それでも、生きてるじゃないか」
「やめろ」
「────怜。お前の名前は醒希 怜だ」
「オレ……は…………」
「戻って来い、怜」
 迷いの中にあって、泣き笑いのような表情で、彼はオレを見つめた。
 揺らぐ瞳は暗示している。レンは、もうこちらに留まってはいられない。
 ────そして彼は、突然に気を失った。
 安心している自分がいる。怜は、やはり怜でしかなかったことに。
 血の色を失った怜が、オレの腕に落ちてくる。オレは怜を受け止めて、4号と6号へ向き直った。
「やはり49号では駄目でしたね」
 始めからこうなることを予想していたのか、特に表情の変化もない。
 形だけ嘆息する4号に、6号が続ける。
「せっかくですので、わたくし達の相手をしていただきましょう。よろしいですか?」
 オレは怜をキラにあずけ、短剣を構えた。
「4号、お前が行け」
「おや、私ですか?」
 女性が命じると、4号は大げさに驚いてみせ、何事かつぶやいた。
 6号は壁際に後退する。
 しばらくすると、4号の傍にいた空が立ち上がった。おかしなことに、その目は開いてすらいない。
 さっきのキラにかけた術といい、この男どうやら人の体を操る力があるようだ。
「どちらか、選んでいいですよ」
 睨みつけたまま何も言わないオレに、4号は続ける。
「このお嬢さんを見捨てて今すぐ逃げるなら、49号は見逃して差し上げます」
「それは出来ない相談だな」
「そう言うと思っていました」
 言って、笑う。
 笑っているのに、笑っていない。奇妙な顔で。
「だからあなたは、死ぬんですよ」


 死ぬ。
 そう、死んでもいいと思っていた。
 それだけの覚悟を持ったつもりだった。

「それは、ないな」

 死んでもいいと思って、生きてきた。
 いつ死んでも、後悔だけはしないように。

「なぜ?」

 4号が問う。
 なぜ?

「決まっているさ」

 なぜ?


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