第6話 見送り
声が、聞こえたのだという。
やさしく、有無を言わさぬ声が。
その声はささやくように、叫ぶように。
……そして、己を守るために“彼”は生まれた。
感情を殺し、いつしか涙を忘れて……。
生きてきたのだ。
多くの
人は何かの犠牲なしには生きられない。
ただ違うのは、奪った命が人であっただけ。
その手を、多くの血で濡らしたというだけ。
そう、ただ、生きてきただけ。
他に生きる術を、知らなかったのだから────。
「では皓様、あの時と同じ呪文でいいですか?」
「いや、ゼルが別のを教えてくれた。そっちにしよう。そのほうがお前の能力を使わずに済むらしい」
「分かりました。しかしいいのですか? 皓様の負担になるのでは?」
「大丈夫だ。能力も使わないと慣れないらしくて、ゼルに適当に使えって言われたから」
「そうでしたか」
城の最上階にあるオレの部屋には、すっかり旅支度を整えたオレ達3人がいた。空の服装もいいところのお嬢さんといった感じは全くなく、いたって庶民的だ。ただ、オレから見るとどうしても違和感があるのは、仕方のないことである。
空が窓辺で外の風景を眺めている。
「空、もっとオレ達の近くに来てくれ」
彼女は黒髪をさらさらと揺らし、こちらを振り向いた。数歩の距離を駆けてきて、オレの腕をとる。
集中を高め、呪文を発しようした瞬間────。
「皓、いるのでしょう? 少しお待ちなさい」
ノックと共に、御祖母様の声がした。オレ達は顔を見合わせる。祖母であり王妃でもある人のことだ、無下にはできないけれど、事情を説明するのは少しばかりはばかられる。大体、婚約者を危険な目に合わせるなんて、そのことだけでも我ながらありえない。どうしたものかと逡巡していると御祖母様は鍵のかかっていないオレの部屋のドアノブを回してしまった。
オレは間の抜けた声でつぶやく。
「御祖母様……」
「まだ出ていなくて良かったわ。あぁ、あれこれ聞こうとは思いません。けれど、1つこれだけは言っておこうと思ったの」
真剣な顔つきだけれど、その顔は母のような慈愛に満ちて見えた。
「生きて帰りなさいとは言いません。そんなこと、わざわざ言っても仕方がないでしょう」
「御祖母様、私は、怜を……友達を、ただ……」
「えぇ、分かっていますよ。でもね皓、命をかけて守るべきものが何なのかを見誤らないで。私の息子は多くのものを守ったけれど、一番大切な
父さんは、母さんを守れなかった。
そして、オレも────。
「何があっても、諦めることは許しません」
「はい」
オレはその瞳の中に、祖母の強さを見た気がした。息子の死を知った時、彼女はきっと受け入れることができたのだろう。────オレの母と違って……。
「行ってらっしゃい、皓。今度は花の咲く頃に、庭でお茶を飲みながらあなたと話がしたいわ」
「はい、きっと……」
いつの間にかオレの手を取っていた祖母は、惜しむように手を離し、しっかりとオレに笑いかけた。
「皓様、ここは?」
空間を渡り終えたところで、キラが問う。
「亜良だ」
崔繍の王都雪渓ではもう雪もちらつくほどに寒いというのに、ここはまだまだ夏の余韻を残している。雪など決して降らないこの地は、飛鳥大陸の交易の中継地点という表の顔と、大陸最大の闇町という裏の顔を持っている。
「でも皓ちゃん、どうしてここなの?」
「いや、大した理由じゃないんだけど……少し前に、用があってここに来たことがあったんだ。たぶんここで、オレと一緒にいる怜が見られたんじゃないかと思って」
「でも、ただのあてずっぽうなんでしょう?」
「ま、どうせ他に行くあてもないし、オレ達がこうやって国の外に出てれば、たぶん向こうから探し出してくれるはずだ。あいつは、オレを殺すのがレンの任務だって言ってたし……放っといてもあっちから現れるさ」
言いながら、オレは鞘に収めて腰にさげておいた剣に触れる。何かあってからいちいち召喚していたのでは間に合わないので、こうしておくことにしたのだ。
「それにしても、暑いですねぇここは……」
「あぁ」
キラはすでに、暑さにはうんざりしたという顔をしている。
常夏と言ってもいいほどの都市だ、気候の安定した地域と雪国崔繍で育ってきたキラには、かなり厳しいかもしれない。
闇町の雰囲気とは程遠い、少々暑いことを除けば気持ちのいい朝の公園だ。
行きかう人もまばらな、休日の早朝。
ふいに石畳に影が落ちる。
来たか……。
嫌味なくらい常人の顔をして、彼はその顔に微笑を湛えていた。4号よりもいくらか若いだろうか。
「晟 皓様でいらっしゃいますね……貴方を招待いたします」
「それはご丁寧に」
30代になったかどうかというその顔は、気の弱そうな印象を受けないでもない。
「だが、その前に名乗ったらどうだ?」
「これは失礼を。ですがわたくしには、名乗るほどのものはございません。どうしてもとおっしゃるのなら、どうぞわたくしのことは6号とでも呼んでいただければそれで構いません」
いやに礼儀正しい男は、しかし明らかにその言葉とは矛盾した視線を向けていた。
それに、ここ……他にも、何人かいる……?
オレの疑念を感じ取ったのか、男はさらに笑みを深くした。
「お気になさらず。大切なお客様なので、失礼のないように丁重にお連れしなさいと仰せつかっております。彼らはそのための、わたくしの部下です」
大切な……ね。
つまり、ここで殺しては困る、と。
「無駄な抵抗は、できることなら慎んでいただけると助かるのですが」
「────そうだな」
予兆もなしに、男は動いた。オレはとっさに、辛うじてそれをかわした──はずだった。
「っく……は…………」
「物わかりがよろしいようで、助かります」
みぞおち付近の急所に叩き込まれた一撃に、オレはくずおれる。
「それではご案内いたします。私たちの棲むところまで」
視界にわずかながら、気を失って誰かに支えられている空とキラが映る。
「しばし、どうぞ休息を」
首の後ろに手刀が振り下ろされる。そう気づいたときにはもう遅い。目の前が暗くなる。
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