第11話 不確かな雨
歩いているところをキラにみつかってしまい、自分の部屋で怪我人らしく時間を過ごす。王子だなんて思えないくらいの軽装で、何もせず、ただ無為にも思える時間が過ぎる。
雪は相変わらず白くて、その色と同じこの城もこの部屋も、静かだった。
疲れて身体はだるかったけれど、眠る気にはなれなかった。天井を、壁を、外を、ただ眺めた。どれもが同じようで、かすかに違う影を落とす白。
夜が訪れる。部屋に明かりもつけず、オレはベッドを出た。
テラスへと続く両開きの二重窓を開け放つと、痛いくらいに冷たい空気が流れてくる。寒さに上着を羽織り、外に出て町を見下ろした。
この町と、広大なこの国の全ての民を、治める王。
王になるとは、そういうこと。
無理だな。
そう思わずにはいられない。
だって、空を幸せにしようとするのできっと精一杯だ。第一、12年も国を留守にして平気な顔をしている奴が、どうして王になれるというのだ。
それでもオレは王になるだろう。
まだ、足りない。何もかもが。
覚悟と強さと責任と知識と、何が足りないのかも分からないくらいに。足りない。
無理でもオレはこの国の王子として生まれた。この血を変えることはできない。この国の王でないと主張しようと、オレはゼルディアスと契約を交わした“刻の王”なのだ。
変えようがない。それなら、やろう。
この国に生きる人々が、幸せになれるように。
長きに渡って続いてきたこの国の王として、恥じることのないように。
国の歴史に残るような王でなくてもいい。
いい王だと、思われなくても構わない。
それなりに。そう、自由に生きたい。そうすることで、人々が絶望しない王であればいい。
いつか、笑って死ねる日が来るといい。────笑って死ねなかった、両親の代わりに……。
25歳、それが王となる時。残された時間は、多くはない。
オレはもう一度町を見つめた。雪が降り積もる。
この城も、雪に埋もれるようにひっそりと、しかし荘厳にたたずむ。
この雪空の下にレンがいる。
そんな気がした。
いるとすればそれは、この城の、ひとけのない裏庭。
そっと降る雪に、あたかも埋もれていくように。
埋もれようとするかのように……。
「────怜」
誰もいない裏庭の隅。ひっそりと置かれたベンチに、彫像のように座っている。閉じた瞳を見ても、眠っているとは思わなかった。
彼のところまで、おぼつかない足取りでたどりつき、呼んだ。返事はない。
一体、どれだけこうしていたのだろう。
わずかに赤みを帯びたその髪は雪に濡れ、凍てついて白く雪が積もる。
オレはずいぶん長い間、そこに立っていたのだと思う。
ここにオレが同化するまで。
怜がオレを、認めるまで。
「怜」
もう一度呼んだ。眼鏡を外したレンの顔は、大人びているようで幼い。そのまばたきが、彼の初めての反応だった。
「────嫌な雨だ」
そっと、つむいだ。
「音すらない」
表情が動かなくとも、声が訴える。彼の悲痛な叫び。
「何も、消さない」
雨は、そして音は、彼の中の何を消してくれていたのだろう。
「人を殺すのは罪か?」
遠くを見つめたまま、俺にともなく問う。
「あぁ、そうだろう」
「オレは殺した」
「あぁ」
「何千という人間を、殺した」
「そうだな」
「……なぜ、オレは────」
「生きるため、だろう?」
「オレはなぜ、生きている…? 人も組織も裏切ったオレが、なぜ」
冷たい手が、オレの手に触れる。包もうとする。
「お前さえも、オレは裏切った」
「もしも…………」
雪はやまない。
「もしもお前がオレの大切な人を殺したら、きっとオレはお前を許せない」
裏切っているのは、本当はいつもオレの方。
「でも、そうじゃないなら……少なくとも今は、お前に生きていて欲しい。それが、うれしい」
むしろ怜よりもずっと恐ろしい存在。
母さんをこの手にかけた時、涙を流したのは悲しかったからばかりではない。
この手が死に埋もれていくのが恐ろしかった。だって、あんなにたやすく人を殺してしまえるのだから。
そして、死にゆく母さんが、あまりにも美しいと感じる己が、怖かった。
オレは、母さんの望みを叶えた。しかし実はそれは、オレの望みでもあった。母さんに死んで欲しいと、心のどこかで思っていた。
王妃を殺すという、それはこの国の民への最大の裏切り。オレに希望を託した祖父母への、どうしようもない裏切り。
「────もう、オレの存在価値はない」
震える怜の声は、寒さばかりのせいではない。
怜が生きるための、レン。
殺すことで、自分の半身たる怜を守ってきた。
「誰も、殺せない」
「いいじゃないか、それでも生きていけるんだから」
「なぜ……」
虚空に舞う雪に、怜は手をのばした。
これはかつて、殺人鬼と呼ばれた男。
「なぜ、生きる?」
雪は、音もなくその手をすり抜ける。
「……さぁ────」
確かなのは、全ての人が知らず誰かを裏切り、欺かずにはいられないこと。何かを踏みつけ、犠牲にして生きているということ。
そして、雪は静かに降り積もる。
悲しい2人の殺人者の上にさえ、真っ白に────。
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