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2章


第5話 12年間の空白

 この沈黙を一体なんと表すべきなのか……オレは、このお世辞にも良いとは言えない空気の漂っている部屋で、無言のまま目の前のカップを手に取ることくらいしかできないでいた。そしてオレと同じく、しかし楽しげにお茶を味わっている若すぎる祖母は、やはりまだ一言も発してはいない。
 昨日の言葉通り2人が部屋を訪れたのは、朝の9時頃────丁度、30分くらい前のことである。
 祖母が2杯目のお茶を飲み終えて、カップをそっと置いた。そしてそれを待っていたかのように、祖父であり、この国の前王であり、また今も現王と成り代わっている国王は、その重い口を開いたのだった。
「久しいな、皓」
 声は朗々と、記憶の中の祖父と合致する。
「────お前がこの城を出て、何年になる……」
 ほんのわずかのその間がオレに答えを求めるものだと気づき、そして返す。
「12年になります」
「なぜお前がここに連れ帰られたのか、予想くらいはついているのだろう」
 祖父は、その厳しい眼差しをまっすぐにオレに向けている。
「私はもう決して若くない…………そしてお前は今年、21歳になる。何が言いたいのか分からないほど、お前は出来の悪い子どもではなかったはずだ。12年前ですらな」
 分かってはいたが、実際に言われてみるとそれは言葉以上に確かなものとなって、オレに降りかかってくる。
「お前には、義務がある」
 そう、この国を背負う義務が、オレにはある。
「1つだけ聞いておこう、皓」
 思案するように、祖父は深くまぶたを閉じてからこう言った。
「何故、城を出た?」
 その答えはオレにとって一番簡単であり、同時に一番難しいものだった。
 そして答えは、ずっと前から自分の中にあった。
「分かりません」
 分からない。いつか分かるかもしれない。でも、分からないかもしれない。
 母の死は、1つの原因だったのかもしれないけれど、それだけだとは思えないのだ。
 オレは、城にはいられないと、あの頃確かにそう思っていたような気がする────。
「私からも、1つだけ」
 オレの返答に祖父が何か言うより早く、祖母が言った。
「何でしょうか、御祖母様」
「手足を……どうしたのです?」
 さすがに、ばれていたか……。
 答えにくい質問だ。ある意味祖父よりも相当たちが悪い。その上祖母は微笑を崩さないから、余計にオレが心苦しい。
「あなたがずっと手足に術を使っていることくらい、始めから分かっていました。一体、どうしたんですか」
 全く動かせなくなった、とは、言いにくい。
「皓……」
「申し訳、ありません」
 答えることなく深く頭を下げた時、顔を上げたオレに向ける祖母の微笑みがわずかながら曇る。
「行きましょうか、あなた」
 言うと、そのまま立ち上がってドアのところまで行く。オレも立ち上がり、だが追うことはできないでいる。
「────御祖父様、御祖母様、私は……」
 何が言いたかったのか、続く言葉は見つからない。
 そんなオレに歩み寄り、祖母はオレの顔にそっと触れた。それから手を伸ばして、頭をそっと撫でる。
「本当に……よく戻ってきましたね……皓──────」
 その表情があまりにも泣きそうに見えて、オレは何も言えなかった。
 そして、立ち上がってみて驚く。オレは祖父の身長をわずかに追い越していた。子どもの頃、大きくて手の届かなかったその肩が、今はこんなに近くにある。肩を、並べられるほどに近い…。
「もう、出るのだろう?」
 真剣で、でも先刻よりもずっと穏やかな祖父がいた。
 オレをここに引き止めるつもりなどないという、それは祖父の意思表示だった。
 きっとオレが帰り支度をしているのも知っていたんだろう。
 すっと、祖母は1枚の手紙を取り出した。
 目の前に差し出されたそれを受け取ると、祖母はそっと笑ってドアを閉じた。

 掌を見つめる。
 この動かなくなった手と足の時間をつなぎとめておくための力────刻の能力。
 一族が同じ能力を持つ血統能力と呼ばれるこの力は、術の発動などが血を分けた親族にはとても感じ取りやすい。やはり、祖母達には分かってしまったらしい。

 オレは、どうしたらいいんだろう。

 このまま、また城を出るなんて、この国を出るなんて……。
 そんなこと、あっていいはずがない。
 けれど、祖父はそれを許し、祖母は笑ってくれる。

 この国を出て、12年。
 この国は変わったようで、変わっていないような……もっとも、変わったと判断できるほどオレはこの国のことを知らないのかもしれないが。
 それでも、同じではない。誰かが生まれ、死に、人々の生活がある。
 確かにオレは死にはしなかったけれど、帰ってこれたけれど。
 ここを離れた12年間、その全てを知っているのは、他ならない自分だけ。
 そして12年間のオレを知らない祖父と祖母。

 今、この国を出たら、2人はどう思うのだろう……。
 今、この国に残れば、オレはどうなるのだろう……。

 この答えは出なくても、自分の中の答えなんてもう決まっている。
 そう、決まっていたんだ。
 考えるまでもない。オレは決心を、変えたりしない。
 オレは────
「行くか……」


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