第9話 平凡な日常へ
「私も帰ったばかりでお構いできませんが、城内は自由に歩いていただいて構いません。ここはあなた方人間の世界とは違った領域で、私が留守の間に人間の領域とつなぐにはいろいろと不都合が生じてしまっているので、すぐにお送りすることが出来ないのですが……。明日にはお送りできると思いますので、どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます」
オレがそう言うと、精霊皇はオレ達を残して奥へと消えた。
旬零はオレ達に向かって極上の笑顔を見せ、母の後についていく。
誰かの気配を感じて振り向くと、いつの間にかさっきの中年男性がいた。
「お部屋は3階にございますが、ご案内いたしますか?」
「あ、散歩がしたいのでオレはいいです」
オレがそう言って断ると同時に、迅が乾いた笑顔で首をかしげた。
「まださっきの術のこと、聞いてないんだけど? 後でって言ったよねー?」
さっきの……あれねぇ……。
「……怜に聞け」
「え? ちょっと皓、私が話していいんですか?」
「別に構わない」
「そんな、皓……」
戸惑いがちにオレを引き止める怜を無視して、オレは闇雲に歩いた。
怜の声も聞こえなくなる。いつもオレが困ってるんだ、たまに困らせても罰は当たらないだろう。
静かな庭園に出て、オレは感嘆する。
自然で、一見するとばらばらな花たち。それでいてなぜか秩序を持った庭園。
物語に登場する羽の生えた精霊が飛んでいても、何の違和感もないだろう。
「きれいだなぁ……」
ふと、口からこぼれた。
精霊は自然の中にしか生きられない種族だから、人間とは共存できなかった。
いつか、あれは幼い頃だったか……そんな話を聞いた。
────本当に、ここはきれいだ。
そう声にして、オレは思わず苦笑した。
オレも相当性格が歪んでいる。何もよりによって、怜に過去の話をさせるなんて。忘れてしまいたいと、そう思っているかもしれないというのに。
オレは、どうして今も怜と一緒にいるんだろう。
きっと誰もがそう思うだろう。
オレ自身が一番分からないというのに……。
オレは、父が憎かった。
母を連れて逝ってしまったから。母さんの心を全て、永遠に手に入れて死んでしまったから。
だからこそ、父を殺した奴を憎んだ。
矛盾している。怜も、父も、あの男も、オレは憎いのだろうか。
暗殺を生業とする強い力を持った者。どうしても見つけることの敵わなかったあの男。
それなのに……────あんなにも、あっけない……。
もうこの世界のどこにも、あの男はいないのだ。
オレが望んだのはこんな結末だったのだろうか。
こんな結末のために、オレはあの場所を離れたのか……?
分からない。それなのに、もう追い求めるものがない────。
ごく普通の馬車が用意されていて、どういうルートを通るのかさっぱり分からないながらもオレ達はひとまず住んでいる町に帰ることが出来る。
「また何かの機会がございましたら、ぜひいらしてくださいね」
旬零と母である精霊皇は、オレ達を見送りに来てくれていた。
「えぇ、ぜひ」
怜は常のように穏やかな表情でそう言う。すると精霊皇は怜の手を取って、真剣な面持ちでこう告げた。
「醒希 怜、契約を果たしたことを、ここに認めます」
「はい、どうもお世話になりました」
そういえば今回の事は、怜が昔精霊と交わしたとかいう契約が発端だったっけ。
結局怜は、どうして契約をしたのか言わなかったな……。
「皓さん」
ふいに精霊皇がオレを呼んだ。
「……いえ……今回は本当にお世話になりました」
「いや、そんな……」
あんまり大したことしてないけど……。
「またねーレイちゃん」
「はい、お元気で」
いつもとなんら変わりない怜と迅。怜は、あの時のことを話したのだろうか。
「皓さんも」
「あ、あぁ……」
手を振っていた旬零が次第に見えなくなり、手を振り続けていた迅がようやく前を向いた。
「ところで迅」
「ん?」
「お前、これからどこ行くつもり?」
「何言ってんの? 2人と一緒に行くに決まってんじゃん」
…………は?
「お、お前な、亜良の家はどうするんだよ!」
「あぁ! それなら今頃は誰かが住みついてるんじゃない?」
あっけらかんと言い放って、怜に向き直る。
「ねっ!」
何が、ねっ! だよ……いや、待て怜。物事というモノはもっとな、慎重に考えて決めるもので────。
「どうぞ。1人増えても部屋は十分余っていますから。それに、そのほうがにぎやかになって楽しそうですしね」
あー、やっぱりそうきたか……。
「はぁ……」
オレの気苦労を増やして楽しいのか?
「ねぇ怜って料理上手?」
「私ですか? まぁ人並みには」
「やった。まともなご飯が食べられる!」
……まぁ、そのうち何とかなるもんだよな。
「皓? どうかしましたか?」
「……? 何が?」
「なんとなく楽しそうなので」
ちょっと待て、オレがどう楽しそうだって?
「あー、ひょっとしてオレが来てうれしいとかー?」
「調子に乗るな、迅」
「なんだよ、冷たいなー皓は」
迅はにやにやとオレを覗きこむ。
……こんなのも、悪くはないかな、と思う。
「本当になんか不気味ですよ? 皓」
失礼な。
「……迅の部屋は1階の空き部屋でいいな」
オレはそう言って、外を眺めた。
空が突き抜けるように冴え冴えと青い。
今日は快晴だ。
そしてなぜか隣にいるのは────
「「皓?」」
……オレの友達。
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