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1章


第3話 情報屋

 飛鳥大陸のほぼ中心に位置する国家、祇蕃シバン
 その中でも交易都市として有名なのが、亜良という街だ。交易の中心とあって、種々雑多なものが集うその街には、物のみならず、表では流れないような情報、表立って営業できない組織、そして多くの流れ者もまた集まる。
 それにしても、だ。
「あっつ……」
 夏ってのは、こんなに暑いものだったろうか。
「本当に。夏服を買っておいてよかったですね」
 そう言う怜とオレは、佳永のそれとは違う服を身につけている。この地方のものだから、いくらか涼しい、はずなのだが……。
「夜だってのに、暑すぎないか?」
「さぁ……熱帯夜というやつでしょうね」
 佳永という町は年中春の陽気なので、暑さなんてもう随分体験していなかった。
 亜良に着いたのは今日の夕方より少し前という頃だった。待っていたって仕方がないから、さっそく調べようという怜の考えにより、今オレ達は裏路地に入って酒場の方に歩を進めている。
 たまに遠くの方で怒鳴り声のようなものがしているようだが、今のところ巻き込まれる事態は避けられている。
 空には薄く雲がかかっていて月も隠れているから、少しの灯りが頼りだ。
 人気がまばらになったと思うと、細い道の奥に酒場があった。
「あれですね」
 旬零と手をつないだ怜が、先に進んでいく。
 ドアを押すと、ガランという音がしてすっと開いた。
 一瞬、視線が怜に集まる。それもそうだろう。こぎれいで、しかも少女を連れた奴なんて、異様でしかない。
 しかしとりあえずは誰も、何も言おうとせずに目をそらした。
 煙草の煙が立ちのぼり、天井のほうの空気はよどんでいる。店内は外に増して暑かった。
 とりあえずオレ達はカウンターまでいって腰掛け、聞いてみる。
「情報を、売ってほしいんだが」
 店主らしい人は、オレ達を上目遣いに見ながら言う。
「あんたたちみたいなまともな人間が欲しがるような物は、ないと思うがね……ご注文は?」
「……そこの────」
「なんだなんだ、新客かぁ?」
 店の奥のほうから、ガラの悪い中年の男がやってきた。
 そして、オレのあごにすっと手をやると、持ち上げる。肩まで伸びた黒髪が揺れた。
「ねぇちゃんが、何の用だ?」
「生憎オレは、男だが」
「はっ! ガキ連れてるようじゃどうだかな。あぁ……」
「きゃっ!」
「旬っ────」
 男は突然旬零を抱き上げる。
「“これ”が代金って所か?」
 店内に含み笑いのようなものが起きる。
「その子を放して下さい」
 怜は男に近づくと、そう言う。
「私の連れに、そんな薄汚い手で触らないでいただきたい」
 ……あぁ、結局こんな面倒なことになるわけか。
「てめぇ、よほど死にたいらしいな」
 一触即発というその時────
「お待ちどう」
 なんだと思ったら……
 カウンターには、2杯の……酒だろうか。
「あんたらはいいかもしれんがね、店の中で騒がれたんじゃ、こっちがいい迷惑だ。これで決着を付けるのが、この街のルールってものさ」
「…………」
 どうしろって言うんだ?
「かまわねぇぜ。どうだ、これで決めようや」
 ……全く、こっちには子どももいるというのに。
「皓、どうするんです?」
 小声で怜が話しかけてくる。
 どうするって、自分で面倒起こしといて、こいつときたら……。
「どうせこのまま帰ったって、他にあてもないんだ。お前に任せた」
「知りませんよ、もう」

 旬零と傍観を始めて、かれこれ1時間くらいたっただろうか。
 こんなところで飲み比べなんてやってる場合じゃないはずだったが、しょうがない。
「おい、コイツの酒は水じゃねぇのか?」
 大分できあがってきた相手に比べ、こちらはというと……
「心外ですね。なんなら変えてみますか?」
 男は差し出されたグラスを一気にあおる。
「まぁ、たぶんあなたのものより強いお酒でしょうけど」
 ごほっ、と男はむせる。……どんな酒だよ。
 怜は1人涼しい顔をして、酔いもせず飲み続ける。怜は酒に強い……というか、酔ったところを見たことがない。
「まだ、やりますか?」
 男は悔しげに「くっ」と声を漏らし、黙り込んだ。
「それでは、代金はお願いしますね」
「な……!」
「負けたんですし」
「っ……!! こいつ!」
 怜が男の動きに構えたと思った、その瞬間。

「なぁ、いつからお前はそんなにエラくなったんだ?」

 突如現れた小柄な人物が、男の手をひねりあげた。
「お前は負けた。代金くらい、生きて帰れるなら安いもんだろ?」
 そういうと男の財布からいくらか抜きとって、背を押す。
 口の端にくわえられた煙草から、紫煙が立ち昇っていた。
「さっさと行きな」
 そして彼は店主の方を向いたと思うと、何やら話をしたあとで目深にかぶった帽子を取った。
 振り返って、笑う。
「情報がほしいっ……て────皓?」
 彼はオレの名を呼んだ。
「皓だろう?」
 少女と見紛うばかりの美貌が、オレを直視する。
 そして、名前が自然と口をつく。
「────……迅……」
 思い出した。こいつはオレの、悪友だ。

「久しぶりだなぁ」
 彼──迅は、ふかしていた煙草を灰皿に押し付け、にこにことオレに話しかけてくる。
 可愛い顔して煙草は妙に様になっていた。
 2階にある小さな部屋に案内されて、オレ達は椅子に腰掛けた。迅は机にもたれてこちらを見ている。
「お前……こんな所で何やってるんだ?」
「それさぁ、言うなら皓も一緒でしょ?」
 一瞬、視線が交わされた。
 過去には触れない、そんな暗黙の了解。
 その時、怜が割って入った。
「皓どちら様ですか?」
「あー、えーっとな……昔っていうか、お前に会うちょっと前の仲間で……」
「オレは軌流 迅キリュウジン。こいつの、悪友」
「あ、私は醒希 怜です。はじめまして」
「よろしくね」
 軽く返す迅は、眩しいまでの微笑を浮かべた。
 金髪碧眼の整った容姿、160センチあるかどうかという身長に、オレと同い年とは思えない少年のような童顔が加わって、そのへんの女よりは確実にかわいい。が……
「で、何の情報がほしいって?」
「さぁね。教えるつもりはない」
「教えてくれないとオレ、キレるよ?」
 とにかく性格が破綻気味だ。
 そもそも彼はかなりの遊び人、さらに──
「教えるだろ?」
 ……わがまま。
「いいじゃん、教えるくらい」
 仲間の間では、彼のことを雲のようなつかみどころのない、しかし頼りにはなる奴として知られていた。
 迅は目をぱちりと瞬かせ、笑う。
 これだ……この笑顔で、一体どれほどの女を落としたことか……。
「ていうかさぁ、ココの情報屋ってオレなんだけど」
「えっ、そうなんですか?」
 ……マジですか……。
 面倒なことになってきたなぁ。あーもう、言うしかないか……。
「……オレ達の探してるのは、精霊族の情報だ」
「──────ってことは、その子はもしかして……」
 急に真剣な顔つきになった迅は、しばらく旬零を見つめて考え込んでいた。かと思うと、口許に含みをもたせた表情をする。
「いいよ、教えてあげる」
 知っているとはさすが、亜良の情報屋をやるだけはある。
 いや、待て。こいつがこんなに素直なはずがない。絶対に、確実に、裏があるに決まってる!
「そのかわりさ」
 ほら、やっぱり。
「オレも一緒について行っていい?」
「─────────………………はぁ?」
「情報料はいらないからさ」
 そんな、嘘だろ?
「じゃ、決定な!」
「おい、ちょっと……迅!」

 長かった……。
 何がって? そりゃ、昨日の晩あんなことを迅が言い出したりするから、説得を試みて随分精神的ダメージが。
 あー、もう疲れた。
「皓、どうした? 顔色悪いよ?」
 お前のせいだ!!
 ここは迅が仮住まいにしているらしい所。昨日の店からさらに奥まった方へと路地を進んだ所にあった。外見は廃屋もいいところだが、内装は意外にも普通だ。
「ごはん食べようよ」
 ちなみに、もちろん説得は失敗した。
 迅という奴は、タチが悪い。怜の場合は、あまり普段自分がどうしたいとかいう主張がないからいいのだが、こいつの場合は……なんというか、“わが道を行く”という感じ。オレからの要求を受け入れてくれた類の記憶がない。まぁ、自分の間違いを正さないほど常識はずれではないものの……どんな解釈をしようとも、迅は自己中が歩いているような人間だ。
 何はともあれだ。
 4人で食卓を囲みながら、オレは切り出した。
「そろそろ本題を話してくれてもいいだろ?」
「あははー」
 何が、あははだ。
「迅!」
「ゴメン。分かってる、大丈夫だって。ちゃんと言うから!」
 今更ながら、こいつがいまいち信用できない。
「さて、これは極秘事項なんで、金を積まれても売るつもりのなかった情報だ。もちろん他言無用」
「分かりました」
 と、これは怜。
「まずは確認だけど……精霊族が消えたんだろう、精霊のお嬢さん?」
「なんで、それを……」
「皓、オレは優秀な情報屋だよ?」
 いや、それにしたって限度があるだろう……。
「それでだ、精霊族がいるだろうって場所も、もう分かってる。ただ、問題がねぇ……」
「どこなんですか?」
 旬零は迅を見つめる。
「あんまりお勧めできない場所なんだけど、それでも行く?」
「どこであっても、私は一族のために行かなくてはならないんです」
「私も、旬零さんを独りで行かせる訳にはいきませんから」
「……まぁ、そんなところだ」
「了解。じゃ、オレも信用しましょ」
「で、どこなんだ、迅」
 迅はオレ達を見回す。いつになく真剣な面持ち。そして……
「天境だよ」
 彼は、信じられない言葉を口にした。

「神の聖域、天境なんだ」


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