第2話 旅路
オレ達は
6人乗りの馬車にはオレ達の他に人が乗っておらず、時折激しく揺れた。
大体こんな所でよくも眠っていられるものだ。
トントンと、右側に座っていた旬零がオレの肩を叩いた。
「ん?」
オレが振り返って聞くと、旬零は言う。
「あの、昨日もあまり寝ていらっしゃらなかったみたいなので……その、大丈夫ですか?」
「え、あぁ、大丈夫だ」
とてもじゃないが、こんな所では眠れない。それでなくてもオレは多少不眠症の気があり、無音に近い状態でないとだめなのだ。
出発して丸1日、東にあった太陽は、もう大分南に昇った。太陽の光は暑いくらいに暖かかった。
馬車は小さな町に着くと、一旦客待ちもかねた昼食のための休憩をとる。
「怜、起きろ」
オレが呼ぶと、怜はゆっくり瞼を上げて辺りを見回してから、オレの後に続いて降りてきた。
「どこの店がいいだろうな」
「あっちにしましょう」
怜はそう言うと、町の東側を指差す。
オレ達は「あっち」のほうにあった食堂に入り、適当に食事を済ませた。
その頃になって、食事中終始無言だった怜が、オレと旬零の雑談に割って入った。
「すみません、皓……この子は誰ですか?」
怜は旬零をじっと見つめている。
ちなみに、ふざけているわけではない。
実は一見目覚めのいいように見える怜は、体が起きていても頭は全くついていっていない。異常に寝ぼける怜の、その一端がこの半記憶喪失だ。
特に前日の事なんかは、記憶を引き出せないようだ。しばらくの間、思考が止まっているらしい。そのうちきちんと目覚めれば思い出すのだが、いかんせん寝ぼけているので聞き直してくるのだった。おそらく自分がなぜここにいるのかも分かっていないだろう。
オレなんか、怜の家に居候を始めたころ毎日のように起きぬけに名前を聞かれ、うんざりしたものだ。旬零にこの質問をするのはもう2回目で、今朝いきなり怜に「誰ですか?」と聞かれた時は当惑したようだが、今回は動じることなく答えた。
「旬零です」
そう答え、やや不安そうに怜を見つめた。
「いくつ?」
「146歳です」
……え? 今、なんて……
「……旬零、悪いんだけどもう1回言ってくれる?」
ちょっと待て、どう見たって10歳くらいにしか見えないぞ。
オレの空耳……?
「えっ、あ、146歳です……あの、言いませんでしたか?」
言ってねぇ……。
「あー、説明してくれると嬉しいんだけど」
「はい。えっと、精霊族だってことは言いましたよね? 精霊族の寿命は人間よりも長いんです。千年以上は生きます。だから、その分成長も遅いみたいです」
……寿命が、千年────。
今まで旬零を何となく人間の子どもと同じように考えていたが、そういう明確な違いをあらためて聞くと、精霊と人間は違うのだと実感する。実はすごく年上なのか……。
そうか、彼女がやけに子どもらしくないのは、こういう事情があったからなのだ。
「じゃあ、ついでにもう1つ聞いてもいいか?」
「はい、構いません」
「精霊族はみんな旬零のように人間に似た姿をしてるのか? オレは何となく精霊ってものは小さいんだと思ってたんだけど、旬零はそうじゃないし」
「いえ、小精霊のほうが数は多いんです。私は例外で──」
あぁ、なるほど。
旬零の母親が地の精霊皇だというなら、旬零は皇女だ。だから、ということなのだろう。
あ、旬零お姫様なのか……。まぁ、彼女のことだ、特別扱いすると怒るだろう。
疑問が解決したところで、時計を見る。
「さて、どこ行こうか。まだ少し時間もあるし」
「広場に行きません?」
いつの間にかすっかり覚醒したらしい怜は、オレが注文しておいたコーヒーを飲みながら言った。
「ね?」
そう言いつつ、旬零に笑いかける。オレを全く見ない。
オレは広場という場所が好きではないのだ。
人の集る空間を、避けたいからである。
なにしろ馬車の休憩地点になるほど、それなりに発展した町だ。ただでさえ人が多いのに、わざわざ広場なんて行かなくてもいいと思う。思うのだが……
「そうしましょう!」
オレを見ていないところを見ると、本人はもう広場行きを決定しているようなもの。そして──
「私は構いませんよ」
旬零の肯定で以って確定されたわけだ。
オレは怜の、一度決めたら聞かないところを思い出し、溜め息をついた。
「じゃあ、行きましょうか」
出発の時間まではあと1時間程だ。
3人でならんで、穏やかな日差しの下をゆっくり歩く。
この町は、オレ達の住む佳永の町よりも少し暖かい。
確か今、オレ達の向かう亜良は真夏だ。元々亜良と言う街は1年中暑い地域で、この辺りに来ると、だんだんその様子がうかがえるようになる。店先を彩る花々も、夏の鮮やかなものが目立つ。
そうこう考えながら歩いていると、町の中央にある広場についた。
広場の中央には泉のような噴水があって、その輪の外側にレンガ色の石が並んでいる。
子どもが走り回る時間、広場はそれなりにたくさんの人で賑わっていた。
「旬零さん、何か飲み物を買ってきてもらえますか?」
お金を渡しながら、怜は広場の端にある店を指差した。
うなずいて走っていく旬零の後ろ姿を見送り、怜は空いていたベンチに腰掛ける。
そして、ぼんやり話し始めた。
「どうせ遠出するのは久しぶりのことでしょう? たまにはのんびり旅行気分を味わうのもいいと思いません? それに、人気の多い場所のほうが目立たなくて安全ですから」
「分かってる」
そう返すと怜は苦笑する。
「亜良は多少危険な所でしょう? 何も皓が手伝うことは無いんですから、長旅になるようなら先に佳永の私の家に戻っても構いません。それから────」
「分かってるって」
オレを気遣ってくれるのは良いが、自分の心配もしてほしい。
怜は結構やっかいな身の上なのだから。
まぁ、話がややこしくなるだけだから、怜にいう気はないが。
「ところで、亜良についたらどうする? 情報が欲しいって言っても、簡単にはいかないだろう」
亜良は大きな街だ。
旬零の言う精霊族の情報を集めるとなると、あまり簡単にはいかない。
「それなら、酒場でしょうね、裏通りの」
やはりそうなるのだろうか。
亜良の裏町は無法地帯としてかなり有名で、喧嘩はおろか、殺しも起きる。何しろ危険すぎるので、普通の人間なら絶対に好んで行かない。
それでも裏町がなくならないのは、そこを必要とする人がいなくならないからだ。そして、リスクを犯しさえすれば、それなりの収穫が見込めるのも裏町なのである。
たとえば裏町の情報屋は、通常表に出ない、例えば暗殺の依頼先や様々な国の政治情勢などを知っていたりする。
今回のような事件ならなおさら、表に出ることはないだろう。
大抵の人間は精霊がどうなるかなんて興味がないし、逆に一部の人間にとって、地精霊が姿を消していることは大いに利用できる情報だ。仮にこのまま地精霊が減少していくとなれば、地の能力者はその源を失うことになる。それが、一部の人間にとってはかなりの不利益となり、その反面一部にとっては相手に付け入るための隙となるのだ。
もちろん、そんな情報をそう簡単に提供してもらえるとは限らない。
情報屋と顧客はある程度の結びつきがあり、お互いの信用で情報を売り買いしている。
とはいえ亜良以外に裏情報に通じる情報屋はそういないし……。
「他に、方法がないな」
ただ、問題が1つある。
「旬零さんは、連れて行くべきじゃありませんよね」
「あぁ。危険な所だ、出来ればそうしたい」
ふと目をやると、丁度旬零がこちらへ走って向かってくる。
そして、オレ達の正面にくるなり、こう言った。
「私も、行きます」
息を切らせ、はっきりと言う。
「旬零さん……その話、一体────」
「精霊族は人間より少し耳がいいので、聞こえてしまいました。……私にも、行かせてください」
怜は困ったようにオレを見る。
「ご迷惑なのは分かっています。でも、私も……」
いくら旬零が146歳でも、見た目はただの子どもだ。連れていっても、危険なだけで大して役には立たないだろう。かといって、おいていったところで危険でないとは言えない。
オレ達のどちらかが1人で情報収集に行くという手もあるが、2手に別れるのは得策とは言いがたいのである。
「────連れて行くしか、ないんじゃないか?」
「でも、皓……」
「旬零にもそれなりの覚悟があるんだろうし、まぁなんだ、この際行動は一緒のほうがいいだろう」
渋い顔をしていた怜だが、ふっと微笑した。
「負けますね。もう少し年寄りはいたわってくださいよ、皓」
オレより数倍元気だろうに。
「そろそろ時間ですか」
立ち上がると、怜はオレの手を引いた。
「急がないと、乗り遅れますよ」
揺れる馬車はオレ達を乗せて進んでいく。
佳永の町を発って数日目の夕方、オレ達は宿での食事を済ませると、1つの部屋を取った。
本当は旬零と部屋を分けるべきかとも考えたが、見た目は幼い少女だし、離れてなにかあっては困る。それになにより、金がなかった。
例によって眠れないオレは、布団にも入らずソファに腰掛けて夜空を見ていた。
繁華街からかなり離れたここは、大きな町だというのに随分静かだ。
夜は更けていき、やがて静寂が訪れる頃、いつのまにかオレは眠りに落ちる。
『忘れないで……』
その人はいつも微笑んでいた。
『あなたの思うままに、生きて……────皓?』
そっと触れた細い指のその冷たさが……。
『ごめんなさい』
「っ──!」
……夜、か……?
あぁ、そうか……オレは亜良に行ってて……。
額に触れると、随分と汗をかいていたことに気づく。
それにしても、昔の夢を見るなんて……。
もうどのくらいの間、忘れていたことだろう。
ソファの傍らにある時計を見る。
時刻は午前3時をまわったところ。
2時間くらいは眠っていたことになる。
……分かっていた。オレが眠れないのは、なにも体質だけが問題ではない。
夢を見たくないのだ。
そして見てしまえば、もう眠ってはいられない。
貴女はオレを捕らえたまま、悪夢となって苛むのだ。
忘れられない、貴女の顔……夢の中でさえ、悲しげな顔。
忘れようとは思わないけれど────。
月明りで部屋の中は薄暗い。
窓も開いていないから、今のオレには部屋の空気は停滞して息苦しく感じられた。
きっと、そのせいなのだろう。今更、あんな事を夢に見たのは……。
オレは立ち上がると、窓を開けてそのまま窓際の壁にもたれるように外を眺めた。
内心、自分でも驚いているのだ。
あんなにもはっきりと、覚えているなんて。
ましてやその夢で、こんな目覚め方をするなんて……。
「眠れませんか?」
ベッドから半身を起こした怜が、やや寝ぼけた声で言った。
「いや……」
涼しい風は清浄な空気とは言えない。
どこか汚れて、なぜか、愛おしい。
「星が、今日は綺麗だから……」
言い訳じみたことを口にしながら、オレは空を見上げた。
まるで宝石のように輝く星々は、遥か彼方からオレを見下ろしている。
振り返ると、怜はすでに寝息を立てていた。
明日の夜には、亜良に到着するだろう。
もう、あの街に行くのは何年ぶりだろうか……。
懐かしい場所。
オレが、過した場所。
そして、もはやオレの知らない場所。
変わり続ける、「流転の街」。
一体何が待ち受けているのだろうか……。
亜良────美しき、華と闇の街で。
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