【 Jealousy 】
「変なんだ、最近」
「何が、ですか?」
本格的な冬を迎えた
珍しく、随分考え込んでいるように見える。
王佐である私、
「あぁ、キラ、そうじゃなくて」
キラ、と愛称で呼ばれ、主君たる皓様を見た。とすると、皓様の個人的なことだろうか。
「体調が優れない、とか……?」
「いや、今のところかなり元気だ」
それは素直に良かったと思いつつも、だとすると……皓様が思い悩むことと言ったら、何だろうか。
「
「空様が、何か?」
なるほど、皓様らしい悩みだと思いながら、続きを促す。
「その、何ていうか……妙に優しくて」
「……は?」
「仕事が長引いて約束すっぽかしても怒らないし、視察があるからしばらく留守にするって言っても、行ってらっしゃいって笑顔で言われたし」
それは裏を返せば、結婚して5年も経ち、すでに子どももいるのに、いまだに新婚夫婦のように寂しがられていた、ということになるのだろう。素でのろけていることに気付かないあたり、皓様は大物というか、鈍いというか。
「つまり、最近はそっけない、ということですか?」
「そういうことかな、やっぱ」
「それは仕方がないのではありませんか?
「お前もそうだったか?」
聞かれてみて考えてみると、そもそも皓様達ほど新婚生活を過ごす暇も無かったし、今だって忙しくて滅多に顔を合わせていないから、たまに帰ると結構寂しがってくれているような気もした。
「私は、皓様と空様のように毎日顔を合わせてはいませんから、参考にはならないかと思いますが」
「珍しいな、のろけか?」
……前言撤回だ。この方は確実に分かっていて、なおかつ素でのろけていらっしゃる。大物に違いない。
咳払いをして、話を戻す。
「それはいいとして、空様はそんなに変ですか?」
「何かこそこそ手紙も書いてたし」
「ご両親宛では?」
「それならオレも一言添えてるから、違う」
「ご友人ということも」
「別にオレの前で書いてたぞ、今まで」
確かに、ちょっと変かもしれない。
「それに、どこか出かけてるみたいだし」
「……それは、皓様だって同じでしょう」
多少非難の視線を向けてみたが、悪びれることなく無視された。
「とにかく、ちょっと変なんだ。気にかけてくれると嬉しい」
「分かりました」
「それから、ここ計算間違ってる」
書類をまとめて、私の机にどさっと置いた。
しゃべっていても完璧に仕事を片付けていく皓様は、やっぱり相当の大物だと思う。
皓様に指摘されて改めて空様を見ていると、確かに少し挙動不審なところがあると言わざるを得ない。
昨日の朝も、私が部屋に入ろうとすると、何かを慌てて隠していたようだった。
こそこそと何かをやっている、そんな感じがするのだ。
そう思っていた矢先、私は空様が少し変だという場面を目撃する。
自室をそっと出る空様を目撃し、何となく後をつけていた。どうせまたいつものように、城を抜け出して城下にお出かけになるのだろう、そう思っていたのだ。
ところが、いつもと少しばかり違っていた。
城から
いつも呆れるくらい堂々と外出していたから、確実に変だった。
何かあるのだと思い、私は慎重に後をつける。
寒さの厳しい街路を足早に進み、城下町の一画で空様は立ち止まった。
そしてそこには、背の高い男が立っていた。
袋に入った何かを、空様に手渡している。
一体何を渡しているのだろうか……受け取った空様は、かなり嬉しそうにしている。
というか、あれほど空様を喜ばせられるあの男は、一体何者なのだろう。
まあ空様は感情表現が乏しいほうではないから、それほど変とはいえないのだが……。
その後も、しばらく2人は楽しそうに話をしている。盗み見ながら、私はどうしたものかと思う。
「あの男、誰だろう……」
随分顔のいい男には違いない。
かなり親しげにしていることも間違いない。
だが、私の記憶が正しければ、城の関係者ではない。
ということは、空様の個人的な知り合いということになる。それも、男の。あんな男がいただろうか。長年空様にお仕えしているが、見覚えがあるようなないような……。
皓様に報告すべきだろうか。気にかけて欲しいということは、これは命令ではない。
私の主君は皓様と空様だ。でも、元々は空様だけにお仕えしていた身……どちらにも心からお仕えしているだけに、どうしていいのか分からない。
と、2人の主人の間で板ばさみ状態の私の背筋が、急に寒くなった。
何か悪いことが……
「キラ?」
起こって、しまった。
「何やってるんだ?」
そこには、城を抜け出した皓様がいた。いつもなら何でこんなところにいるんですかと怒るところだが、今日はそんな余裕は無い。
「いえ、その……」
背後に気付かれまいと言いよどむが、かえってそれが不審だったらしい。
「?」
皓様は私の見ていた方を迷わず向くと、そこで固まった。
間の悪いことに、空様はものすごくかわいらしい笑顔だ。それも、あの男に向けて笑っているように見えるのだ。
これは絶体絶命なのだろうか、とやけくそ気味に思う。
冗談ではなく、王都が破壊されたりしないだろうかという危惧が脳裏をよぎった。
そして一瞬後には、皓様はまっすぐに空様のいる方へ歩を進めていた。
引き止める勇気は全くない。皓様は談笑する空様と男の方へ着実に近づいていく。
そして────
「空」
皓様はいつものように名前で空様を呼んだ。
こうなっては私にできることはない。そっと皓様の後を追う。
後ろからでは皓様の表情は分からない。
はっと肩をこわばらせて、呼ばれた空様が振り返る。
一緒にいた男も、一拍遅れて笑顔を消した。
明らかにしまったと顔に書いてある空様が、うかがうように皓様を見つめている。
男のほうも、緊張に顔をこわばらせていた。
私は皓様のやや斜め後ろで立ち止まった。
異様な緊迫感の中、主君の横顔を見ると、皓様だけはむしろ穏やかにも見える顔だ。
「……」
皓様は空様と件の男を交互に見ると、私の方に向き直る。
「これは、夫と間男の対面に見えるかな」
と、真顔で聞かれても、答えようが無かった。せめてもうちょっと冗談っぽく言っていただければ……いや、どちらにしろ駄目だ。何と答えればいいか分からない。
引きつった顔で首を傾げるしかなかった。私の返事は特に必要ないのか、皓様はすぐに空様のほうへ向きなおる。
皓様は全く動じていないように見える。しかし────
「空、こちらは?」
声を聞いて、私はぞっとした。口調こそ穏やかだが、これは笑っていない。
一方の空様は、困った顔をしてしばらくあせっていたが、やがて皓様の様子にだんまりを諦めたのだろう。ため息をついて言った。
「こちらは、
空様が言う前に、櫂、と紹介された男は膝を折った。
「櫂と申します、陛下」
彼はおそらく王都に住む者で、しかも見た目から年齢を推測するに、即位式の時には既に生まれていた人だ。空様と同い年くらいに見える。国王の顔を知っていてもおかしくない。
「……それで? 空、彼は誰だ?」
声だけは絶対零度の冷ややかさをもって、皓様は重ねて問う。
実際の凍りつくような寒さ以上に冷たい視線を受けながら、なぜか空様は平然と、むしろほのぼのとした顔をしている。こういうところで動じないのが、空様のすごさだ。私なら、やましいところが全くなくても、緊張でろれつが回らなくなる。
「皓ちゃん、あのね、これ……」
空様はつい先程男から受け取った袋を、皓様に差し出した。
それは皓様にとっても予想外のパターンだったらしく、とっさに反応できていない。
「これをね、皓ちゃんにあげようと思ってて……」
脈絡の無さに困惑しつつ、皓様はようやくそれを受け取り、袋を開けて中を見る。
空様が促すので袋から取り出したそれは、崔繍の伝統工芸品で、細い糸を幾重にも織り込んだ布製品のようだ。
「それでね、教えてもらってたの」
淡い青と白を基調にした模様は、かなり複雑だがすっきりしている。薄手で丈夫であたたかいので、崔繍では好んで使われる布なのだが、ここまで凝ったものは時間と労力をかなり必要とするため、高級品だ。
そしてその布で作られたものは、手袋に見えた。
「教えて……? 空が作ったのか? ……それで、これは……?」
「皓ちゃんに、誕生日のプレゼントだったの」
皓様は目を見開く。そういえばもうすぐ皓様の誕生日──鳳凰の日だ。
「当日まで内緒にしとこうと思ってたんだけど……ばれちゃったからしょうがないわ。あのね、皓ちゃん真冬でも外で仕事すること多いでしょう? だから少しでもあったかくと思って。それに、買ったものをプレゼントしても仕方ないから、作ろうかなって。それで、櫂さんに」
「私は職人です。近くで店を開いております」
「櫂さんは、学生時代の友達の旦那様なの。それで忙しいのに無理を言って協力してもらって……。黙っててごめんね、驚かせたかったから。仕上げだけはかなり複雑で危ないからって、櫂さんがやってくれて、今日受け取りに来たんだけど……」
いいながら、空様は皓様の左手に手袋をはめている。それを見ていた皓様の目が、たちまち優しくなっていく。
「少し早いけど、せっかくだしもうあげちゃうね。どう?」
上品なそれは、仕事中にしていても差し支えないくらい良くできていた。
「ちょっとはあったかくなるといいんだけど」
「ありがとう、空。あったかいよ」
緩んだ頬で笑って、皓様は空様の手を握る。
寒い中で立ち話をしたので、冷え切っていたようだ。それを感じたのか、手袋の右側を空様にしてあげると、それぞれ空いた片手をつなぐ。手袋で包み込んで暖めながら、お2人は見つめ合って笑った。
「良かった」
ひときわ強い風が吹いて、空様が首をすくめる。皓様はしていたマフラーを空様にまいていらっしゃる。
「寒いんだから、もう少し厚着して外に出ないと」
「うん。皓ちゃん、寒くない?」
「あぁ、オレは大丈夫。これもあるし」
手袋を見て言うと、その手で空様の頭に付いた雪を払った。しかし、どちらかというと撫でているように見える。
完全に2人の世界に入ってしまった国王夫妻を、私は咳払いで現実に戻して差し上げた。
「コホン、あの、皓様?」
ある程度見慣れている私と違って、櫂さんは見てはいけないものを見てしまったような顔をしている。
「あ、櫂さん……これは失礼した。かえって空が世話になったようだ」
皓様は、申し訳なさそうな、照れたような笑顔で言う。
「い、いえ、とんでもございません!」
もういつもの穏やかな皓様に戻っていた、というより、むしろ思わぬ事態にかなり上機嫌な笑顔だったのだが、先程のあれを見せられているので、櫂さんはかなりかしこまっている。
「ところで皓ちゃん、どこかいく途中じゃなかったの?」
「あ、そうだった。空も来るか?」
手袋を見ながら、皓様は早くも方向転換している。
「それにしても見事だな。大変だっただろう、空」
「ちょっとね。でも、櫂さん教えるのがうまかったから。そうそう、お店はすごいのよ」
「へぇ、今度店に行ってみようか……」
「じゃあ一緒に行きましょう。私の友達も紹介するから」
「あぁ、そうしよう。櫂さん、お邪魔することになったらお世話になります」
急に話を振られ、櫂さんは慌てて応える。
「は、はい」
「じゃあまた。キラ、お前は先に帰っていいからな」
仲良く手をつないで歩いていくお2人の姿を、私と櫂さんは並んで見送っていた。
仲がいいのは大変結構なことだと思っているのだが、しかしいい加減どうだろうと思うくらいの新婚ぶりだ。
雪の深まるこの季節、吹き付ける風は冷たい。
だが、そんなことはあのお2人にはどうでもいいことのようだった。
END
2008.4.4.
Copyright(c) 2008 Sui all rights reserved.
リクエストは、「皓ちゃんと空ちゃんのラブラブな話」ということで。
考えた結果、意外に皓ちゃんは嫉妬する、という話になりました。
冷静に見えて激情型、みたいな。
というわけで、これは本編で皓ちゃんが戴冠し、空ちゃんと結婚した後のお話です。
ちなみに途中出てきた名前、憬(ケイ)くんは、2人の一人息子。
夫婦の危機(笑)を乗り越えて、さらにラブラブな万年新婚夫婦です。
今回一番の被害者は櫂さん。国王に睨まれ、ラブラブを見せつけられ、災難。
そしてそんな災難を日々耐え忍んでいるキラです(笑)。頑張れ〜。
皆様、3333hitありがとうございました。
そして楽しいリクエストをくれた鴻上、ありがとう!
かなり楽しく書かせていただきました〜。
