「侯、宜しいのですか?」
バーツェフ邸の一室に集まる忠臣は問うた。
「構わぬ。どのみち武器は全てこちらが奪った。手負いとあっては、いかに副官といえどもそうは動けまいよ」
「しかし……奇策士の息子です」
「父子が同じ能力に長けているとは限らぬ……そうじゃろう?」
蔑むようにバーツェフ侯爵は目配せする。
「……父上」
「ふがいない息子共だ。全く、わしが一代で築き上げた富を尽く崩しおって。あの小僧くらいは、父に似ても良かろうてのう」
痛烈な言葉の後、バーツェフ侯爵は部屋の隅に積まれた大量の銃とその他の武器を見た。
「しかし、呆れるほどの量じゃ……本当に全て、あやつが所持していたのか?」
「はい、間違いありません」
軽く見積もっても、銃が十丁ほど、弾丸に至っては数えるのも嫌になる。水に濡れて使い物にならないのが惜しいくらいだ。それから仕込みナイフが数十本と、短剣が一本。手袋には鋼糸、靴裏にはかみそり状の刃……歩く武器だと言っても過言ではない。
「しかしの、一人で持てる量とも思えぬ」
「そうでしょう? 三人がかりでした」
自信ありげに言った息子の一人を、バーツェフ侯爵は睨む。
「あまりふざけたことを言うでない」
「ほ、本当に……」
「あまりわしを失望させるな、と言ったのじゃ。そんなことも分からぬか?」
「侯、今はそのことはひとまず……」
「ん、そうじゃな。……おい、さっさとそこの服を持っていってやれ。あやつには裏切りの副官を演じてもらわねばならぬでのう……多少はそれらしい気品も必要というのは、一理ある」
バーツェフ侯爵は嘲笑を刻んだ唇で言う。
「奇策士ならば、どう切り抜けられるという? とても凡人には思いつかぬことをするのであろうよ……それでこそ、喪心の名にふさわしい。息子はどうだ? 小僧が賢しいことだ、儀王の言いなりめが。……ようやく、ゾルバ家の核を切り崩せるところまで来たのじゃ。手札は慎重に扱わねばなるまい」
駒は無数。だが利用価値の高い駒など、そうはない。
バーツェフ侯爵は、冷静さに秘められたフィリオの挑戦的な瞳を思い出した。
「せいぜいわしを楽しませてくれるがよかろう……破戒の敵騎」
ニズレーは深々とため息をついた。鉄の城を走り回って、疲れきってしまったのだ。それというのも、主が従者に無断で失踪したせいである。
カリオの人となりを知っていながら、みすみす退出のきっかけを作ったのは自分だった。
「そんなに気にすることはありませんよ、ニズレーさん」
王弟ストラールは、そんなニズレーに笑って言った。
居住まいを正し、ニズレーは言う。
本来中級魔族であるニズレーにとって、上級魔族の中でも相当の高位であるストラールは雲の上の人物だ。しかし、カリオと行動を共にするようになってもう数年、ストラールと出会ってからも二年が経ち、このように親しく話すことも出来るようになっていた。もっとも、時折垣間見せる貴族の底知れない魔力には、慣れることはないのだが。
「いえ、この度のことは私にも責任がございます。私がカリオ様の行動力を甘く見ました」
「あの方のことが分かる人なんて、そういませんよ。フィリオさんは知りませんけど、兄さんだって油断するとすぐに意表をつかれていますから。僕だって、とても……手に余りますね、正直」
年相応の表情を見せた王弟を見て、ニズレーはつい不満を言った。
「大体閣下も閣下です。こんな時に、私にすら何の相談もなく単独行動をなさるなんて、どうかしています」
どうかしていない部分の方が少ないんじゃないか、という後半部分はさすがに飲み込んで、ニズレーはもう一度ため息をついた。
「まぁ、兄さんだって気にもしていませんよ。フィリオさんもカリオさんほどではありませんが、気まぐれなところがありますしね。もう慣れたのもですから」
「そう、でしょうか……」
「大丈夫ですよ。兄さんもそんなに子どもじゃないんですから……あぁ、そういえばニズレーさんは、遠征どうなさいますか? ついて来るつもりですか」
「────戦地へ同行、ですか?」
「えぇ。僕は、カリオさんはついてくる気だと思いますよ」
「はぁ……それは、閣下が行かれるのでしたら、私が行かないわけにはいきませんが……私は武道はいまひとつなもので」
ニズレーは完全な文官である。中級魔族であることを考えると、武道がほとんどからきしというのは珍しい。カリオの秘書として、従者として、常にカリオと行動を共にするのだが、護衛されているのはどちらかというとニズレーの方だ。カリオはグレベール王から黒軍に入らないかと言われたほどの実力者だったが、ニズレーは標準以下。銃器が多少扱えて、管理ができるところは、数少ないちょっとした特技、とも言えるかもしれない。だが、戦うとなれば、女のアストにすら敵わない可能性が大いにある。
「自分くらいは、自分で守れるように努力しますが……」
「カリオさんがいれば、大体は安全ですから心配には及びませんよ」
ストラールはリディアールに良く似た金髪をしている。肩口で切りそろえられているせいなのか、それは兄とは全く違った、あたたかみのある色に映った。そういえば、ストラールは戦闘に参加こそすれ、黒軍ではなかったなとニズレーは思う。
「本当に、カリオ様もどこに行かれたのやら……」
「それなら、たぶんゾルバ邸で間違いありませんよ。書置きにもそうありましたし」
幼く映る瞳が笑う。
「それに、“視”ましたから。今日は調子がよかったんです。……これでフィリオさんの消息も分かればよかったんですけどね。バーツェフ侯爵も、僕の存在を忘れるほど愚かではなかったようです」
<崇信の眼>は、あらゆる場所を透視できる、いわば千里眼であるが、いかんせん不安定な力だ。
よって上級魔族ともなれば、対策も立てようがある。つまり、貴族たちの領内を、それも本家を視るということは困難だった。
「カリオさんは、何をしにいったんでしょうね」
幼さの残る優しげな顔で笑ったストラールに、ニズレーも思わず微笑していた。────その時
「──────!!」
はっと顔を上げたストラールは、目を見開いている。そして間もなく、ディオル将軍が駆けつける。
「ストラール様!」
「分かっています。将軍、兄さんは武道場ですね」
「おそらくは」
急ぎ足で二人は歩き出す。追うようにニズレーもついていく。
「相手は、誰でしょう……キドさん……いや────?」
「分かりません。リディアール様は何を……」
ニズレーは意を決して聞いた。
「あの、何があったのですか?」
「兄さんです。兄さんが、魔力を開放しています」
そういったストラールには、珍しく焦りの色が浮かんでいた。
「信じ難いことですが……どうやら兄さんは、誰かと本気で戦うようです」
抜き身の剣が鈍く輝き、向かい合う二人の間を流れるのは一本の線の如き緊張。
誰も動かない。息をするのもためらうほど、リディアールの闘気と魔力に満ちている。
対峙する真剣な顔をしたイシルラは、とてもただの人間とは思えなかった。リディアールの深淵の瞳に捉えられ、気に当てられてなお、冷静でいられるはずもないのに、イシルラはまさに冷静だった。それどころか黒軍兵士たちは、自分達の絶対の君主と同等のものを持っているかのように思えてしまった。
そう、彼がまるで王かなにかのように────。
「兄さん!」
広い武道場に突如響き渡ったのは、ストラールの声だった。
「────ストラール、口出しは許さない」
「でも……なぜ、今こんなことをする必要があるんですか? イシルラさんの実力が知りたいのなら、いつだって確かめられます。何もこんなときでなくても──」
「今、必要なのだ。────今でなくては意味がない。少なくとも、私にとってはそうだ」
「理由は……?」
「言う必要はない」
「……分かりました。将軍、兵に避難命令を。キドさんは、万一のために医師を呼んでいらしてください。ただ、決して中に入らないように。……僕も、大人数を守りきる自信はない」
「かしこまりました、直ちに」
足早に去るキド副将軍が武道場の扉を開け放すと同時に、将軍から命令が下される。黒軍とその他の兵士達は、キドに続くように武道場を後にした。
再び、静寂が残る。
一瞬の波紋────それが、合図だった。
「どうぞ」
フィリオが言うと、重そうな扉が開いた。
声をかけてもいなければ戸を叩いてもいない。おまけに足音も殺したはずだというのに、扉の目前に立ってほんの少し中に入りかねていると、中から記憶よりの幾分か低い美声が返ってきて、自分を中に誘う。その声に悪意が持てない自身が嫌で、男はやや乱暴に持ってきた服を投げた。
「ありがとうございます」
ただの凡人が気配を隠そうとしたところで、魔王の副官には気づかれぬわけもないのだろう。
何も言わずに立ち去ろうとした男の背に、フィリオは声をかける。
「────すみません」
思わず、立ち止まる。
「すみません、クレージェさん……」
クレージェ、そう呼ばれた男は振り返らずにいられなかった。つかみかかりたいのを必死に押さえ、それでも押さえきれない言葉が吐き出されてゆく。
「やめてくれ……オレはあんたみたいな無責任な奴の言葉なんて聞きたくもない。……謝ってもらわなくていい。そうするくらいなら、セナを……セレーナをかえしてくれ。口で謝られたって、何にもならない。そうだろう?!」
男はただフィリオを睨みつけた。それを黙って見返すフィリオの瞳がとても真摯で、無性に腹が立つ。
「セナはもうかえらない。あんたが殺した、そうなんだろう? 理由さえ教えないなんてふざけたことを言っておいて、いいかげんにしてくれ。オレの妹はあんたのおもちゃじゃないんだ。なぁ、本当はセナのことなんて、どうでも良かったんだろう? セナじゃなくても、誰だって、良かった。違うか? 答えろよ。答えてくれ……なんで、なんであんたが……セナを────」
「……すみません……」
クレージェは軽蔑するような眼差しでフィリオを一瞥し、足早に出て行く。
フィリオは渡された服を手に、力ない笑みを浮かべた。
理由? 真実? そんなことは何の意味も成さない。ただあるのは、セナは死に、かえらないという事実。
そしてあの優しかった
フィリオに侯爵家嫡子としてではなく、セナの大切な友達として接してくれた、素晴らしい家族────。
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