このままだといけない。
きっと、シルシェドール家はグレベール王に滅ぼされてしまう……一人残らず。
そんなことは、あたしが許さない。
何があっても、それだけは阻まなければ。
あたしの大切な人も、そうでない人も、決してそんなことで死なせはしない。
他に道なんてない……。
「リディ、久しぶりね」
「セナ、か? 珍しいな、この城に来るなんて……」
「ちょっと、用があったの。リディはどこ行くの?」
「射撃場だ。兄が見物させたいらしい」
「あたしも行っていい?」
「構わないが、フィリオはいないぞ。今日は地方で仕事だからな」
「知ってる。今朝出掛けに会ったから」
「そうか……」
ふと、リディアールはセナに目を奪われた。
ぞっとする程に、彼女が美しく見えた。
その瞳に宿るのは、何か強い意思。そして唇には、はかなげな笑み。
そう、まるで……消えてしまいそうな程の危うい美しさ。
「セナ……」
「なぁに?」
「────いや、何でもない」
何を言いたかったのか分からず、リディアールは口ごもる。
「ねぇリディ、フィオのこと好き?」
「……あぁ、まあ、そうだな」
「良かった」
一つ年上の女は、リディアールから見るととてもそうは見えない。まるで少女のようだった。ただどうしてかその時だけは、ひどく大人びて見えた。
「セナ」
焦るように呼んだから、セナは不思議そうに答える。
「何? どうかした?」
「あぁ、いや、何でもない……」
再び口ごもるリディアールに、セナは微笑する。
「ありがとう、リディ」
言い知れぬ不安が、リディアールを満たしていった。
いつかきっと、リディとフィオはこの国を変えてくれる。
だから大丈夫。あたしがいなくたって、二人はきっと大丈夫。
ごめんね、シルシェドールを取る私を、許してね。
あたしは二人のことが好きだったわ。二人でいるときのリディとフィオの顔が、一番好きだった。
リディが本当はちゃんと優しいことも、フィオがあたしを好きでいてくれることも、本当にうれしかった。
あたしはこれでいいの。こうなることが、あたしの望み。
リディはつまらない自己犠牲だって笑うかな。
でも、あたし一人でみんなが生きていられるなら、構わない。
ただフィオ……きっとあなたを、悲しませてしまう。
それだけが、あたしの心残り────。
射撃場には、リディアールが立ち尽くしていた。
数時間前にディオルが来て、ここにはもう何もない。
『リディ……アール、様……』
『ディオルか……すまないが、棺を用意してくれないか。それから、装束を』
そんな会話をした気がする。
きれいになった射撃場は、驚くほどいつもと変わりなかった。
だが、紅い血に染まる大理石の床を、鮮明に覚えている。
数発の銃声と、その先にいた女。
避ける素振りさえ見せなかった。
呼吸をしなくなった彼女の身体を、人目をはばからず抱き上げ、射撃場を後にした。
自室の寝台に横たえたけれど、次第に冷たくなっていくその身体は逃れようもない死をリディアールに突きつける。
────人の命一つがどうしたというのだ?
そんなもの、いくらでも奪ってきた。どんな死も、私には皆同じ事で、何の変化も与えてくれなかった。
では……なぜこんなにも、セナの死が大きい?
私にとって、どれほどこの女が特別だったというのだろうか……。
そして、空にあった日が沈む頃、ようやく気がついた。
確かにリディアールにとって、セナは特別だったのだ。フィリオの大切な
あぁ……私はフィリオにどんな顔をして会えばいい?
何と、説明すればいい?
私が怖いのはそれだけだったのだ……ただ、フィリオの絶望が見たくないだけ。
彼女がフィリオにとってどれほどの存在であるのか、きっと本人以上に分かっているからこそ……。
セナの青白い顔に、穏やかな微笑みが浮かんでいた。
とても、満足そうな、優しい顔だった。
────あぁ、そうか……。だから、あんなにも不安だったのだ。
これが、死を覚悟した女の笑顔だと、どこかで感じていたから。
射撃場を後にし、霊廟を訪れ、そこに安置された棺の中の死化粧をした姿を、ただただ見つめていた。このまま時が過ぎなければ……せめて、フィリオにこんな姿を見せずにやり過ごすことができたら、どんなにかいいだろう。
*
リディアールは射撃場に立っていた。
フィリオのいないそこは、とても静かだ。
ほんの数年前の記憶をなぞって、美しかった女を思い出す。
それは、まだ過去というには近すぎる記憶。
静かな射撃場にその痕跡が残っているはずもなく、鮮明な過去の映像が、冗談のようによみがえる。
この場所で、フィリオはどんな思いで銃を構えていたのだろう。
ここは、彼女の死んだ場所。
けれどフィリオは、そのことについて何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。
────私はあのときから、何か成長したろうか?
数え切れないほどの命を消し、最高の地位を手に入れ、全てを破壊して秩序を保ってきた。
それでも、私は……セナ、お前の命だけは、失いたくはなかった。そしていまだに取り戻したい。
まだ強くはなかったフィリオが、何の気負いもなくいられたころの、懐かしい時間。
フィリオを副官として縛らずにはいられなかった。それ程に、私にとっていつの間にかフィリオの存在が大きくなりすぎていた。
いつもフィリオは、私の願いを叶えようとしてくれていて────私には、返せるものなどないというのに。
……ただ、今願っている。
叶わないからこそ、願わずにはいられない。
フィリオ、お前にとって何よりも大切だった時間が、戻ればいい、と。
*
「セナ……?」
静けさが耳に痛い。
「────……セ、ナ……?」
答えて欲しい。
ねぇ、お願いだから……一度でいい、だから。
「セ……ナ……セナ……────セナ……っ」
あぁ、これはきっと、悪い夢だ。
違う? 何が違う? これが、現実だと?
あぁ、ねぇ、どうして?
「どうして?」
どうして冷たい。
どうして笑ってくれない。
どうして、いつものように迎えてくれない。
どうして、動かない……?
お願いだから、目を開けてくれ。オレの命に、全てに代えたって構わないのに────!
どうして、どうしていつも、オレは無力なのだろう。
セナ、オレはどうしたら良かった?
ねぇ、教えて……。
「────どうして────?」
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