王を滅ぼし、革命が成功して三日後。完全にリディアールの支配化に入ったサイル王城“鉄の城”には、新たな魔王リディアールの指示で新たに組まれた国王直属軍である黒軍と、リディアールにつく数少ない貴族の私軍が集結していた。
籠城している状態だ。周りには旧魔王の息のかかった貴族連中が波の如く押し寄せている。
「どうだ、ストラール」
「
目を閉じたストラールは、<崇信の眼>で王都全体の様子を視ていた。
城壁へ偵察に行っていたフィリオがその時戻り、ストラールの言を引き継ぐ。
「目算で、数はこっちが、十分の一かそれ以下ってところだろうね……どうするつもり、リディ」
「予想済みだ。……いや、予想より少々敵の兵は少ないか……」
「そうだね。もう少しいるかと思ってたけど。後になって動き出す可能性もあるから、これで良かったとも言えないかな……」
新しい魔王とその副官は、さらりと言った。
「しかしリディアール様、どうなさるおつもりですか?」
略式に任官したばかりのディオル将軍は、あくまでも冷静な二人に問う。数は、どうあってもそう簡単に補えるものではない。
「言ったはずだ、ディオル。考えはある」
リディアールは漆黒の服に袖を通しながら、集まった黒軍の前で平然と言い放った。
「私とフィリオで最前線に出向く。お前たちはこの城を守れ」
その言葉を言葉通りに取って良いものか、将軍は少し考えた。士気を上げるために指揮官が前線に出向くことはままあることだが、リディアールの言い方ではまさに自分が先頭切って戦うという意味に取れる。
その答えは、リディアールの目を見てすぐに分かった。
このお方は、本気で言っておられるのだ……。
「城には戦闘能力の高くない侍女も残っている。侵入されるのは避けたい。ストラール、お前を中心に城門を守れ」
「はい。……でも兄さん、僕の銀白糸には限りかありますし、他の武器だとどうしても不得手で危険があると思うんですが」
「……そうだな、キドがいればいいだろう。お前も城門を中心に守れ」
言われた男は黙って頷く。無口でこれといった特徴もない彼、キスラシェレド・キエフェルノは黒軍副将軍に任官された。まだ若いが銃を巧みに取り扱える数少ない人物だ。フィリオを除けば城で一番の使い手で、特に狙撃主としては一流の腕だと言える。
「諸侯の兵も城を守ることを最優先に。私への援護は不要。邪魔はするな。以上だ」
抜身の剣を二本腰に携えて、リディアールは歩き出した。
「リディアール様」
その背を、ディオル将軍は呼び止める。
「何だ?」
無理だけはおやめ下さい。そう言いかけてやめる。大きな背を見ると、リディアールはもう自分が剣を教えていた幼い少年ではないと気がついた。
「御武運を」
「あぁ」
魔王リディアールは<月華>を手にする。そして兵に向かって言い放った。
「勝て、そして生き残れ」
それは祈りの言葉でも、まして願望でも決意でもない。王の、命令だった。
生き延びてみせよう。他の誰でもない、我らの王のためならば。
「フィリオさん」
先に城門へ向かったリディアールに続いて、城の中央塔の内門をくぐりかけたフィリオに声をかけたのは、ストラールだった。
「どうかした?」
「いえ、今聞くようなことではないのは分かっているんですが、少し気になっていることがあったものですから」
微笑するリディアールの末の弟は、口調こそ常と変わらないがもうその顔は戦いに臨む者だ。その彼はしかし、戦いとは無関係な疑問を口にした。
「兄さんの部屋に、誰かいるでしょう?」
「あぁ……さぁ、オレも良く知らないんだけど、刑場から連れてきたってリディは言ってたよ。城を制圧してる途中で助けたとか……大丈夫、別に敵のスパイって事はないだろうから」
「何をやってる、フィリオ」
「あ、リディ。ほら、彼女の話だよ」
「……そうか……しまったな……。ストラール、悪いが気にかけておいてくれ」
「構いませんが……どなたですか?」
「アスト、という。とにかく頼んだぞ」
リディアールは言葉少なに一方的な要求を終えると、フィリオを目で促して城門へ急ぐ。フィリオはそんなリディアールの横へ小走りで追いつくと、笑った。
「何? そんなに大事なの?」
すると意外なことに、リディアールは苦い顔をする。
「どうしたんだよ、リディ」
「私は……どうやら、とんでもないことをしたらしい」
「どういうこと?」
「なぜ初めに会ったときに気がつかなかったのか、我ながら記憶力の悪さにあきれる。昨日になって、思い出した」
「思い出した? 彼女に会ったことがあったってこと?」
「あぁ、おそらく。……最悪な状況で、な────無駄話はここまでだ。フィリオ、中央のあれを狙え」
城門の上へ登り、約二百メートル先に立つ男を見つける。
「あれっていうと、カール伯爵の?」
「そうだ」
フィリオは右足のブーツに固定された長距離射撃銃<鷹爪>を構え、城壁の上からわずかに頭を出して狙いを定めた。銃口に背を向けて立っている姿は、せいぜい小隊長というところか……。
乾いた音と共に弾丸が飛び出した。視線の先で男が倒れる。悲鳴を上げた誰かに呼応して、周囲の兵士がざわざわと騒ぎ出したようだ。男の周りに人が集まる。逃げ出そうとする者がいないところは、さすがに訓練され実戦もこなしてきた私軍と言えるだろう。
ようやくこちらからの攻撃だと結論付けたのか、兵たちは別の小隊長らしき人物の号令で動き出す。全体からすれば大した実権のない小隊長といえども、それを欠いた隊の動きはやはり精彩に欠く。それが周りを引きずって、全体の動きが鈍る。
それだけで、十分だった。
瞬間、天を貫くような轟音と光が辺りを包む。
二百キログラムを超える小型砲<傲霜>の百九十五ミリの弾丸が、向かってきた兵士に突進して破裂した音だ。態勢を崩した敵に向かって、城からは兵によって城壁の上の大砲が一斉に放たれた。これで、最前線はほぼ壊滅状態だ。
リディアールは城壁から飛び降りた。地上十メートル、普通ならば大怪我は免れない高さだが、彼にとってはどうということもない。
ついに、戦いの幕が上がる。
敵方から弾丸と弓矢が無防備なリディアール目がけて一斉に放たれたが、前方からしか来ない攻撃を見切ってかわすのはリディアールにとって容易かった。
十分な数が前線に出てきたのを見計らい、フィリオは再び<傲霜>を撃ち出した。大砲にも引けを取らない威力を主張して、敵をなぎ払う。
運良くその爆発を逃れ、果敢にもリディアールに襲い掛かった剣士は、<月華>の一閃であっけなく地に這う。
「ストラール、いる?」
フィリオは城壁の上から、城門付近に待機しているはずのストラールに声をかける。
「はい、何ですか、フィリオさん」
「オレもそろそろ行くから、悪いけどその辺に箱があるでしょ? それ外に出してくれない?」
「あ、これかな。今出します」
人が何人も並んで通るには小さい物資搬入用の扉から、ストラールは木箱を城外に出した。それを城壁の上から確認すると、フィリオは<傲霜>の最後の一発を撃ってから<扇揺>に持ち替えてひらりと降りる。箱から弾丸の詰まった細長い弾倉を取り出し、<扇揺>の銃身の上へ乗せて数メートル前進する。
唐突に<扇揺>は火を噴いた。途切れない破壊と殺戮の中を、異質な<扇揺>の連射音──否、もはや連続した一発の銃声にも聞こえる音が響く。
弾は一つ残らず敵の頭部を捉え、そして決してリディアールに当たらない。
音が途切れ、<扇揺>の銃身の後方からストンと落ちた弾倉の代わりに、銃身の上に乗せていた弾倉を装填する。そして再び、熱せられた銃口は黒い尾を引いて進む弾丸を吐き出し始める。
前線のリディアールは、しばらくの間行きかう弾を目で追いつつ<月華>の剣圧ではじき返していたが、<火雲>を抜き放った刹那にその姿は残像と共に掻き消える。
目を疑った兵士たちの目前に、
気がつく間も与えられず首を落とされて絶命し、その神々しいまでの金髪を視界の端に捉えた瞬間胴を両断され、輝いた剣の閃きを認めたのを最後に意識が暗転する。剣を構えた数々の兵士の多くは、何が起こったかすら分からなかっただろう。
文字通り目にもとまらないその動きを完璧に避けて、フィリオによる銃弾の雨も襲い来る。
血糊で切れ味の鈍った<火雲>は、しかし一振りで何人もの弓を破壊し、銃身を曲げ、そしてその先にいる兵士の腕を落とす。
銃口をリディアールに向けた兵士のその正面に、リディアールは立ち止まった。兵士は数々の戦場を生き延びた優秀で戦争好きの男だった。だが、いつもならば迷わずに引かれるはずの引き金を、ほんの一瞬ためらう。手が、指が、言うことをきかない。……なぜなら、彼は直視してしまった。魔王にふさわしい、その深淵の眼を。
敵うはずもない。一騎当千という言葉すら、生ぬるい────。
彼らはもうすでに人ではなかった。
人の姿を借りた、“魔”そのものだった。
後方に控える兵士達は人形のように倒れていく仲間を見て確信する。殺された王は、そうなってしかるべきだった。あれは、偽王だったのだ、と
リディアールは戦意を失いつつある前線の兵士であろうと、ためらわずに斬る。戦意を取り戻したときにどうせ殺すのなら、いつでも変わらない。累々と横たわる屍を踏みつけ、リディアールは鬼神の如く血に濡れて立つ。
退屈な雑魚の相手をする合間に、リディアールは一つだけ感心していた。三日という短い期間で、己の殺した先王のためにこれだけの兵士が集まったということに、だった。確かにリディアールの予測していた数よりは少なかったが、まさかあの男の敵討ちにこれだけ集まるとは、考えてみれば驚くべきことだと思う。
────あぁ……でも、どちらかといえば野心からだろうか……。
リディアールは先王とその主だった勢力を城で潰した。城の内部には先王の時代の権力者は一人もいないのだ。乗っ取ろうと思うなら、今をおいて絶好の機会はないだろう。
どのみち、負けるつもりはない。
────私はこの者達の目に、どう映っているのだろうな……。
ふいにそんなことを思い、リディアールは笑った。
戦場で笑うその姿に、兵士は圧倒的なものを見て絶望する。
恐れるがいい。畏れるがいい。
私から奪おうなどと思わぬように──。
リディアールは後方で顔色一つ変えずに弾丸を撃ち出し続ける相棒の姿をかすかに振り返り、<火雲>で視界を遮る人垣をなぎ払った。
真紅に染まった王のあまりに凄絶な笑み。
────私から奪うものは、許さない。
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