Blue Blood 胡蝶の夢

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二一話



 静かな空気を震わせて、かすれた声がした。
「セナが……殺されに、行った……?」
 一言一言をかみ締めるように、セナの兄、クレージェは呟く。それをストラールが継いだ。
「なぜ……と、聞くべきですが?」
「いいえ、セナは、その理由は最後まで……教えてはくれませんでした。確かなのは、セナが我がシルシェドール家のために、命を投げ出したことです。そして……」
「何だ?」
「ご無礼を承知で申し上げます。セナは、我が一族と、ひいてはサイル国の平安のために、と」
「……平安か」
「どういう意味です……? 兄さん」
「セナは、秘密を握ったのだ。それも、シルシェドール家や、自身の家族に直接関わってくるようなものだったはずだ。ここまではフィリオの予想の範疇だった。当時、グレベールはシルシェドールの討伐を考えていた……それも、内密に奇襲をかける計画だ。だが、シルシェドール家の当主はグレベールに忠実で、消される理由が見当たらなかった。そこで考えられるのは、単なる気まぐれか……」
「まずいことを知られてしまったか……なるほど、グレベール王の頭では、このくらいの理由が妥当でしょうね」
 ストラールが納得したように言う。リディアールとストラールの父、グレベール・ダリ第七代サイル国王。
 つまらない駆け引きをするくらいなら、いっそ全てを滅してしまおうという、恐王だ。
「調べるうちに、どうやらグレベールが一番消したかったのは、シルシェドール当主だったようだと判った。セナはあの男をかばい、全ての罪……いや、秘密を持って、死んだ。おそらく、当主を止めようとするうちに、セナが先に“秘密”というものに行き着いてしまったのだろう」
「では、その秘密とはいかなるものなのですか、リディアール様」
 それまで黙していたマナが、顔を上げた。
「一族を滅ぼさねばならぬほどの、秘密とは?」
「教える必要があるか?」
 つまらなそうな言葉に、マナは悔しげにうつむく。そんなマナを見て、リディアールは言葉を続ける。
「……分からなかったのだ。秘密とはいかなるものか、一言も記述は残っていなかった」
 グレベール王を問い詰めることも無駄だった。口を割るくらいなら、あれは王ではありえなかった。一度決めたことを覆すこともない男だった。だから、記述を徹底的に排除してしまうくらいに黙すると心に決めたことを、語るはずもない。
 そして、シルシェドール討伐の計画に関わったと見られる者は、それからいくらもしないうちに些細なことでとがめられ、消されている。
「取り立てて反抗もしない伯爵家を滅ぼそうとするほどのことだ。何か、グレベールの弱みになるような重大なことであることは察せられる。少なくとも、国に関わる……サイル国の平安を乱すことになりかねない、秘密だったようだ」
 平安……セナ、お前の守りたかったものは、平安か?
 思って、リディアールは苦笑した。
 サイル国、否、“フィリオの”平安を守りたかったのだろうか……?
 結局、フィリオは自ら平安を手放した。
 内に秘め、告げられず、ただ、守りたくて――――セナよ、だとしたら……。
 何と愚かで、優しい。
「マレーナ・シルシェドール。クレージェ・シルシェドール――――」
 ゾルバ家の親子は、或いはもっと、何かをつかんでいるのかもしれないが。
「知りたかった真実というのは、これでいいか?」
 自分に語れることは、このくらいしかない。
 リディアールはクレージェにひたと視線を合わせる。
「まだ……まだです」
「おやめなさい、クレージェ!」
 母が制止しても、クレージェはやめない。
「まだ、一番大切なことを、聞いていません」
「だが、それは、私が答えるべきことではないのだろう?」
「……そうです。でも、もう――――」
「聞きに行くがよかろう」
 その言葉の意味をはかりかね、クレージェは声が出ない。
「聞こえなかったか? 直接、聞きに行け」
「兄さん……?」
 ストラールが口を挟んだ。
 兄が口にしたことは……それはまるで、リディアールがこの者達に自由を与えるように聞こえる。
 そう――――死、ではなく。
「選ばせてやる。もし、貴族の誇りとやらを大事に持っているのなら、この城を再び訪れろ。バーツェフ家とシルシェドール家の生き残りも同じくだ。少々手間だが、殺してやろう」
 それは、束になって奇襲されようとも、絶対に負けないというリディアールの自信……過信とも言える宣言だった。
「だが、もしも誇りなど捨てるなら、名を捨て、私の前から消えろ」
 将軍でさえ、その言葉に目を見張った。
「この王都に入ることはまかりならない」
 信じられないものでも見るように、クレージェはただ呆然とこぼす。
「リディアール様……」
「聞きたいことは、勝手に聞け。私は暇ではない」
「ありがとう……ございます……」
 裾を翻して立ち去るリディアールに、三人の罪人はただ平伏していた。

「キド、三人を王都の外へ連れ出せ」
「御意」
「兄さん、ちょっと待ってください。
 ストラールは正装の兄に駆け寄ると膝を折り、尋ねた。
「シルシェドールとバーツェフの処遇か?」
 何となく虚ろな笑みをして、リディアールは言った。
「分からなくなった……私は、何を滅ぼせばいい? 歯向かう者を滅し、残党までも残らず滅ぼしてきた。そうして得た国の状態だ、私は悔いてはいない。だが、あの三人を殺して何になる? 私に反旗など……どうして翻す? 首を切るのはたやすいだろう。だが、私に一体何の益がある?」
 人を殺すことを、食事をすることのように当然にできて、それを厭わしくも思えない。厭わしいのは、その心のありようだけ。
 冷たい心。
 それでも、殺さないことを選んだ。
 三人が生きていて、何の実害がある?
 どれほどの罪を犯したと言うのだ?
「あの三人を生かしておこうと思った。そうしたら、残りの一族を処分するのも面倒だ。それでも歯向かうのなら、そのときに消せばいい……それだけのことだ」
 セナならば……どうしろと、言っただろうか……。
「革命から、二年だ……」
 アストは、何と言うだろうか。
「私は少し、疲れたのかもしれないな」
 分からないのだ。

 何が正しいのかなんて、誰にも分からない。
 だからもう、信じるしかないというのに。
 どうしようもない。
 あぁ、カリオ、お前の言ったとおりだ。
 私は、私自身を誰よりも……信じられないのだ……。
 私は私を、肯定できない――――。


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