話の成り行き上射撃場に行くことになったリディアール、アスト、ディオル将軍は、部屋の前で何かを話しているフィリオとイシルラを見つけた。
「あれ、ストラールは?」
「まだ仕事だそうだ。それより、どうだ?」
「うーん……まぁ、別に。見る?」
部屋の中へとリディアールを促す。小さめの的には、ほとんど当たっていなかった。
「こんなものだろう」
「そうだね。リディはもっとひどかったし」
「私は剣があればそれでいい」
イシルラは、特に落ち込むでもなく何気なしにその会話を聞いているようだった。
「城の中にこんな場所があるのね」
つぶやくようにアストは口にした。それから思いついたように真顔で言う。
「私もやってみたい」
「──────えっ……?」
フィリオも今回ばかりは驚いた。
「アスト様、銃は意外に難しいものですよ」
ディオル将軍がゆっくりと諭すように言う。
「そう?」
そんな様子を見ていたフィリオは、わずかに思案した後口を開いた。
「────いや、でも物は試しだしね……やってみようか、アスト」
「フィリオ!」
「でもさリディ、どうせ護身用の剣を渡すんでしょ? それなら銃でもいいんじゃない? 銃なら軽いしね」
言いながら渡すのは、イシルラに貸したものより細身で軽い六ミリ口径<
「どうすればいい、フィオ」
「じゃ、まずここに立って。そう、もう安全装置は外してあるから、あとは引き金を引くだけ」
それからフィリオはこう付け加える。
「自分が思う通りに撃ってみて良いよ」
「それで大丈夫?」
「うん。ただ、衝撃でかなりの反動があるだろうから腕だけは固定して。両手で持ったほうがいい」
アドバイスを聞き終えると、アストは無造作に構えた。
筋がいい。フィリオは思う。
一瞬の張り詰めた空気を引き裂いて、銃弾が放たれた。それは過たず的を射抜く。
耳に残る銃声と、余韻。
アストは吸収し切れなかった衝撃で半歩後ろへ下がっている。
的に命中した弾は、中央よりわずかに左。
フィリオの唇が、笑みを刻む。
「アスト、もう少ししっかり腕を伸ばして、あと右足を少し前に」
言われるままに、もう一度引き金を引いた。軌道を追うフィリオの瞳がうれしげに光る。
それは中央に命中した。
刹那の迷いを見せた後、フィリオは明快に言い切る。
「アスト、
フィリオは初めて出会った天賦の才覚に歓喜していた。ただ純粋に、その成長が見たいと思ってしまった。
「だから、もっとちゃんと教える」
「いいの?」
「ただ持ってるだけじゃ、逆に危ないからね。とりあえず今日のうちに簡単なことは教えておくよ」
フィリオは部屋を出て奥へと消えていく。アストも<深更>を手に後へ続く。
取り残された三人は、顔を見合わせてもう一度アストの打った的を見つめる。
ディオル将軍も、リディアール同様銃は不得意だ。
三人とも打ったことがあるだけに、アストのやってみせたことがまだ信じられない。
アストにいくら多少の武道の心得があり、戦乱を生き抜いてきた腕力があるとしても……。
「リディアール様、アスト様は手強そうですな……」
将軍が漏らした声に、リディアールは苦笑するしかなかった。
そんなことは分かっている。
決して彼女が、自分に心を許さないということも。
*
大きすぎるくらい大きな机で食事をする王に、同席を許されているのはその妻と息子達。食事を運ぶのは、正妻の女が生んだ長男と次男とは違い、生まれてから一度たりとも名で呼ばれたことがない、妾の産んだ娘たちだ。
妾が何十人いるのか知らないが、一度王の子を生んだ時点で必ず殺される。いつか子が大きくなった時に、その一族が政権を奪おうと思わぬように。表向きにはそんな無茶な理由を言っていても、ただ殺したいだけ────女の一族を皆殺しだ。
王の息子は七人、娘は四人。正妻以外の妾から生まれた子どもには、魔王である父親以外の血縁者は一人もいないということだ。
三男リディアールも例外なく。
長男は父親の言を素直に守り、常に媚びることを忘れない。次男はどうしようもない遊び人で、父親をおだてては金をせびるしか能がない。弟たちも、引っ込み思案な七男ストラールを除けば、兄達と同類の気質であった。
そして自分も、長男に倣う振りをしている。
どうしてもそうなりきれないせいで、リディアールはやや疎まれていた。
無言の食事が続く。その時、躓いた給仕──つまりは王の娘の一人が、料理をこぼして床を汚した。
わずかに、王の服に跳びはねている。
青ざめた顔で娘は床に顔をこすり付けて謝った。
「申し訳ございません。どうか、どうか……」
涙声で訴える。王は笑いながら立ち上がり、娘の頭を蹴り飛ばした。
細い身体は吹き飛んで、背中から壁に激突する。額から血を流す娘を、どこまでも普通の笑顔で見据える。
「我は温情を知る故、赦してやろう」
慌てて床に這いつくばり、頭を下げて震える娘は、席に座りなおした王を認めてわずかに安堵した。
「リディアール、殺せ」
その声に、はじかれたように顔を上げる。張り付いた絶望が王を見返した。
「楽に殺してやろうというのだ。ありがたく思うがいい」
その表情にはためらいも憐れみも、興味すらもないようだった。
立ち上がったリディアールを、恐怖で声にならない息を漏らして娘は見ている。わずかに十四歳。くしくもリディアールと同い年だった。
「お赦しを……」
娘の目には、リディアールがひどく残酷に見えるに違いない。
「リディアール」
「はい」
慣れきったつくり笑顔で王を見た。一度たりとも、父親だと思ったことはない。
「床は出来るだけ汚すな」
「心得ました」
手に魔力を集中する。
「王の名に於いて略式裁判を行った。そう書いておけ……あぁ、ストラール。お前にもこのくらいは出来ような?」
「はい、かしこまりました」
「うむ。では続けるか」
平然と一家は食事に戻った。
リディアールは娘の首筋に手を当てて、涙を流し、恐怖で硬直したその耳元に、かすかな声で囁いた。
「すまない」
首の骨が折れる音がし、身体が力を失う。開いたままの目を閉じさせた。
これで、王の娘は残り二人。
絶命した娘を残った二人に片付けるように命じた王は、リディアールをねぎらう。
「我には遠く及ばぬが、腕を上げたか、リディアール」
「光栄です」
目の端には青ざめた顔で死体を運び出す二人の娘が見えた。
次にこうなるのは自分かもしれないと、おびえているのだ。
何しろ四人の娘が給仕を命じられてから、まだたったの一月しか経っていない。
息子たちは、その光景を何とも思わずに受け止めた。
生まれたときから、他人の死は見飽きているのだ。
母も一族も殺されて、今更話したこともない異母兄弟が死んだところで、何の感想もない。
王と同じように会話をするような気安さで殺し、殺すことに悦びを感じる者までいる始末。
そして、誰も気がついてはいない。
リディアールがその持つ力を半分も出していないことに。
気がついているとすればそれは、末弟のストラールだろうとリディアールは思っている。
なぜならリディアールもまた、ストラールの性格が故意に作られたものであることを知っていたからだ。
たとえ言葉を交わさなくても、目を合わせることがなくても。
それは、己を嘲笑う者にしか分からない。
魔族の男子たる性質が、自分にもはっきりとあることを知っている。
死を怖れ、殺すことを悪いと思うくらいの心はある。
しかし、殺すことを必要のための一つの行為にしか見ることが出来ない、愚かな魔王の息子。
殺すことも壊すことも、ただの手段。魔族の男子ならば、例外なくその考えを持ってはいるはずだ。
そして、王とその息子に欠けているのは、その行いを厭う心。
そしてリディアールは知っていた。
どんなに軽蔑しようと、心で罵ろうと、何も変わらない。
自分がためらいもなく命を奪える、忌まわしい存在であるということは、何も変わらない。
罪悪感など残らない。
感じるのは、ほんの少しの感触。切り裂いた、その溢れる鮮血の熱。
それすら、すぐに消えてゆく。
私に抱く
*
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